■Cordyceps nikkoensis (テッポウムシタケ)

■ 2023年07月24日 撮影

前日の虫草祭に続き、翌日はMikoskop氏主催の観察会「後の祭」が開催されました。 東北地方なのにヤクシマセミタケが発生すると言う奇跡のフィールドのもう1種の主役でした。 夏に朽木内のカミキリムシの幼虫から発生する大型の冬虫夏草「鉄砲虫茸」です。 「テッポウムシ」はカミキリムシの幼虫を指す通称で、 幼虫がズドンと銃弾で撃ち抜いたように材の内部に穿孔するのが由来です。

テッポウムシタケ自体は大分県で初めて見付かっていますが、 種小名が「日光の」となっているのには理由があります。 本種は「ニッコウムシタケ」として栃木県の日光で1930年に発見されています。 この際の種小名が「nikkoensis」なのですが、テッポウムシタケがそれより前の1902年に大分県で発見され、 発見者の名字に因んで「nakazawae」の種小名が与えられていました。 そのため長く混乱がありましたが、発見の優位性と和名の正当性から、 和名を先発学名を後発とすることで生態図鑑に掲載されることとなりました。

ちなみに外見的特徴から本種はCordyceps属ではないと見て間違い無いでしょう。 Ophiocordyceps属菌とする説が主流なのですが、 新たな論文が出ていないため現行はこの学名となっています。


■ 2023年07月24日 撮影

子実体は典型的な棍棒型。色は暗灰褐色〜暗褐色で全体的に褐色系。 あまり普段から見慣れている冬虫夏草には無い色合いです。 それよりも衝撃的なのがその圧倒的なサイズ感。 冬虫夏草と言えば匍匐前進やライト必須の比較的小さいキノコと言う印象がありますが、 本種は大き目のマメザヤタケくらいの大きさがあります。 あまりにも肉眼的すぎて冬虫夏草と思えませんでした。


■ 2023年07月24日 撮影

どろんこ氏製作の断面です。私は最初「ハマキタケ?」と言っていましたが、 これを見ると冬虫夏草だと認めざるを得ません。 本種は硬い材内に宿主が居るため、断面作成や掘り取りは至難の業です。


■ 2023年07月24日 撮影

掘り出しに成功したテッポウムシタケの全体像です。 宿主はかなり大型のカミキリムシの幼虫で、やや古いためか暗褐色の菌糸に覆われています。 宿主を含めると長さが13cmほどあり、太さもあるので手に持つと重量感すらあります。 この標本はどろんこ氏が採取されたので、詳細は私が採取した標本を中心に後述しますね。

薬効等も特に聞かないので普通に食用価値無しだと思います。 カミキリムシの幼虫は「昆虫界のトロ」と呼ばれるほど美味とされていますが、 内部は完全に本種の菌糸に満たされているので、もし菌側に毒があったらアウトです。 そもそも非常に貴重な冬虫夏草なので、見付けても愛でるのがベストですよ。

■ 2023年07月24日 撮影

最初に掘ろうと目を付けた子実体は諸事情により断念。 やむを得ず通常写真は撮影できない材の下側に発生した子実体を選びました。 しかし本種の宿主はテッポウムシと呼ばれるだけあって硬い材に真っ直ぐ穿孔しており、 掘り取りは困難を極めました。頑丈なピンセットでひたすら材を削る作業が続きます・・・。


■ 2023年07月24日 撮影

最後にスルリと宿主が穴から抜けた時は歓喜の声を上げてしまいましたよ。 子実体も宿主もその接続部もかなり頑丈で、結構力を入れて引っ張っても大丈夫でした。 ただ断面作成は今回の場合はムリでしたね。無駄に材を削りたくなかったですし。 朽木は資源ですからね?材割りは最低限、ね?


■ 2023年07月24日 撮影

この宿主は子実体がまだ比較的新鮮なだけあって状態がかなり良いです。 菌糸には覆われておらず、生体の頃の形状をキレイに留めていました。 ただイモムシ系が苦手な私にはワリとキツかったですが。


■ 2023年07月25日 撮影

帰宅後に黒バック撮影してみました。とんでもない大きさに震えますね。 大型の冬虫夏草と言うとコウモリガ生の種が国内では一番だと思いますが、 本種もそれに匹敵するサイズだと思います。デカすぎ!


■ 2023年07月25日 撮影

宿主が斜め下向きに穿孔していたため子実体は下向きに出て上向きに成長しています。


■ 2023年07月25日 撮影

子実体は棍棒型で色は黄褐色。表面には凄まじい量の子嚢殻が見えます。 子嚢殻の密度は種が違ってもワリと似ているため、子実体が大きいほど相対的に子嚢殻が多く見えます。 それだけ本種の子実体が大きいと言う証拠ですね。


■ 2023年07月25日 撮影

結実部表面を拡大すると子嚢殻がビッシリ! 埋生暗褐色の子嚢殻の先端が無数の点となって見えます。 この感じはCordyceps属っぽくはないですね。


■ 2023年07月25日 撮影

宿主のカミキリムシの幼虫を両面から撮影してみました。 このフィールドの宿主は以前ウスバカミキリと同定されています。 実はこのフィールドに入る前のメンバーとの待ち合わせ時間に私がウスバカミキリの成虫を発見。 飛び出した産卵管が印象に残っていたので、他の参加者さんに手に乗せて見せていたんですよね。


■ 2023年07月25日 撮影

現地でも「胞子飛んでるな〜」と思っていたのですが、帰宅後の黒バック撮影中も胞子飛散が! しかもず〜っと出続けていて、室内が汚染されるんじゃないかと心配になるレベルでした。 朽木生種はこんな感じでダラダラと胞子を飛ばす印象がありますが、それが極まった感じです。

余談ですが、この動画を最後まで一気に飛ばすと子実体が少しずつ上昇しているのが分かります。 なぜかと言うと、実はこの子実体、サンプルの重心部に上向きの針の先が来るように置いて撮影しています。 つまりやじろべえ状態で左右の重さが釣り合っているのです。 そうです、胞子が飛散することで結実部が軽くなって行くので少しずつ持ち上がっているのです。 それだけの勢いで胞子を飛ばしているんですね・・・驚きです。


■ 2023年07月25日 撮影

これだけ胞子が飛べば、完全な状態の子嚢胞子を採取するのは楽勝です。 子嚢胞子は糸状で長さは240μm前後。 32個の二次胞子に分裂し、両端の細胞は弾丸型になります。 サイズ的にも形態的特徴的にも記載の範囲内に収まっているので観察は成功でしょう。


■ 2023年07月25日 撮影

二次胞子は円筒形で長さは7μm付近のものが多いようです。 両端の弾丸型の細胞はやや長く、10μmくらいあります。 またどの二次胞子も両端付近に油球を1つずつ内包しています。 これくらい胞子が採りやすいと本当に助かりますね。

■ 2023年07月24日 撮影

今回の探索では今までとは比べ物にならないほどの数の発生が見られました。 状態が良いものも多く、ベストコンディションで出会えたと思います。 これほどの発生規模は二度と見れないまであるかもですね。 幼菌はこのように白色で、成長とともに褐色になります。


■ 2023年07月24日 撮影

私が最初に掘ろうと目を付けた子実体です。 理由は周囲の材が最初から朽ちていて、労せず掘れると考えたからなのですが、 実際は超深かった上に手前の材を崩さないと掘れなかったため断念しました。

■ 2023年07月24日 撮影

本種は複数年継続成長する性質があります。 確かに宿主が大型なので栄養は十分にありそうですしね。 たまにこんな感じで古い子実体から再成長した結実部が見付かります。

■ 2023年07月24日 撮影

1つの宿主から複数本の子実体を発生させているものも多いです。 ただ栄養が分散するため、1本のものに比べるとそれぞれは小さいです。 それでも他の冬虫夏草と比べると大型ですが。

■ 2023年07月24日 撮影

TOP写真の奥にチラッと見えている子実体です。 材の真上に突っ立っているので非常に撮影しやすかった良心的な子実体です。 ただ明らかに材が硬そうで誰も採取しようとしませんでしたね。


■ 2023年07月24日 撮影

図鑑でずっと憧れていたこの姿が目に入った時は本当に興奮しましたね。 撮影中はずーっと「でけぇ!」を連呼していたのはおぼろげながら覚えています。 沢筋に倒れ込んだ倒木に大発生していたのですが、ちょうど直射日光が差し込んでいたので、 どろんこ氏と代わる代わる影になってもらって撮影しました。

■ 2023年07月24日 撮影

本種を撮影していて感じたのは「他の冬虫夏草が今後小さく見えそうだな」と言う心配。 本種より大きい冬虫夏草となるとコウモリガ生の超大型種くらいしかありませんからね。 本種を見ると冬虫夏草のイメージがちょっと変わっちゃいますよ?

■ 2023年07月24日 撮影

参加者全員がひと目見てムリだと掘るのを諦めた子実体です。 明らかに材が硬いと言うのが見て取れましたね。 一応ピンセットで掘ってみようと思ったのですが、初手が刺さりませんでした。


■ 2023年07月24日 撮影

掘り取りはできませんでしたが、子実体はこの日見た中でもトップレベルで美しかったです。 子実体の形状もですが、子嚢殻のでき方と結実部と柄の境界が芸術的でした。 2日間に渡る冬虫夏草遠征の中でMVPを決めるとすると、前日のハエヤドリタケとのツートップでしょうね。
■図鑑TOPへ戻る