★Gymnosporangium asiaticum (ナシ赤星病菌)

■ 2014年06月20日 撮影

偶然お会いした被害に苦しむナシ農家さんの協力を得て遂に会合叶いました。 ナシの病害菌としては恐らく最も悪名高き「ナシ赤星病菌」の特徴的な症状。 実際に被害をお聞きする事ができ、とても貴重な経験をさせて頂きました。 当写真図鑑に初めて掲載された記念すべき植物寄生菌類の一種です。

実は本種には「ビャクシンさび病菌」と言う別名が存在します。 もちろん原因菌はナシ赤星病菌と同じです。それには複雑な理由があります。 ちなみに国内にはバラ科植物に感染する同属菌が複数存在しているようです。

本種はナシの葉に感染すると最初は黄橙色の小さな斑点を作ります。 しかし病斑はどんどん大きくなり、その周囲は赤色を帯びてきます。 やがて病斑部の表面に精子器が無数に現れ、精子滴が分泌されます。 ここで受精が行われると雨の当たらない病斑部の裏側に異変が起きます。 受精はアリなどの昆虫に依存しているそう。どんだけ複雑な生態なんだ。


■ 2014年06月20日 撮影

なんと裏側から毛状体と言う筒状の糸のようなモノが伸びて来ます。 銹子毛とも呼ばれるこれは筒状になっており、内部にはさび胞子がミッチリ。 ここから胞子が飛散する事で感染が拡大する・・・のですが・・・。


■ 2014年06月20日 撮影

別の子実体です。この葉の赤さと形状が赤い星だからこの和名なのです。 なんと本種はナシには直接感染せず、別の植物に感染すると言う行動に出ます。 宿主はカイヅカイブキ等のビャクシン類。葉に感染して冬を越します。 そして春になると葉の表面に冬胞子堆と言う赤褐色の塊を形成します。 これが雨を吸うとゼラチン状になり、表面から担子胞子を飛ばします。 ナシの葉に付着した担子胞子は再度大きな被害をもたらすと言うワケ。


■ 2014年06月20日 撮影

ほぼ全段階を一枚の写真に収める事ができました。かなり酷い被害ですね。 来年春はこの周囲を歩き回ってビャクシンさび病の症状を撮りたいですね。 と言うか厄介なのは感染したビャクシン類は毎年冬胞子堆を形成すると言うこと。 つまり感染したナシを消毒しても翌年また同ことが起きてしまうのです。 病斑部は枯死するため、病斑が多い葉は落ち、最悪木そのものが枯死します。 根本的な解決には胞子飛散圏内のビャクシン類を全て抜くしかありません。 ナシの名産地では条例でビャクシン類を栽培禁止にするほど危険なのです。

食用価値ナシどころか美味しいナシを枯らしてしまう超絶悪戯っ子です。 本種はナシの果実にも感染するため、そのナシの実はダメになります。 特にカイヅカイブキは園芸用で人気があり、個人農家には悩みの種です。

■ 2015年04月10日 撮影

近所のカイヅカイブキの葉の途中に褐色の不思議な出来物が出来ていました。 前年にナシ赤星病を見てから、ずっと出会いたいと思っていた冬胞子堆です。 これぞビャクシンさび病の標徴。ナシ赤星病菌の別形態で同じ菌なのです。 これが雨水に触れると劇的な変化を起こします。撮るのに苦労しました。


■ 2015年04月15日 撮影

雨が続いた5日後。再度訪れてみると冬胞子堆はこんな姿になっていました。 これ同じ葉ですので、吸水によっていかに大きくなったかが良く分かります。 この時冬胞子堆では感染に向けた準備が始まっています。ここで顕微鏡の出番! ちなみにここまで綺麗な冬胞子堆を見たのはこれが最後。また出会いたいものです。

■ 2015年04月10日 撮影

標本を採取して顕微鏡で観察してみました。これがビャクシンさび病菌の冬胞子です。 胞子と言っても単細胞ではなく2つの細胞がくっついた形状(2胞子性)です。 ルーペを使えばギリギリで粒が見えるくらいの大きさがあってビックリ。 水を与えてしばらく放置した後、再度顕微鏡を除くと発芽管が伸びていました。


■ 2015年04月10日 撮影

まだ発芽管があまり伸びていない冬胞子です。 良く見ると各細胞の中央に色の薄い部分が薄っすら透けて見えています。これがですね。


■ 2015年04月10日 撮影

伸びた発芽管に担子器が形成され、そしてその先端に担子胞子が作られました。準備完了です。 この担子胞子が飛散してナシの葉に付着し、あの病徴を引き起こします。


■ 2015年04月10日 撮影

こんな特殊な生態なので忘れがちですが、本種は担子菌類ですからね、一応。 ちゃんと担子器を形成して担子胞子を作るんですよね、不思議なものです。 冬胞子→発芽管→担子器→担子胞子と有色部分が移動しているのが良く分かりますね。

■ 2015年04月15日 撮影

また別の冬胞子堆です。これだけ見ればキクラゲみたいなんですがねぇ・・・。

■ 2019年06月16日 撮影

顕微鏡観察がレベルアップしたことで俄然見たくなってきたナシ赤星病菌。 この年は植物寄生菌類を数多く発見したので、ますます本種に再会したくなりました。 そこで4年振りにあの時と同じ農園さんを訪れてみました。 この年はナシ黒星病に苦しまれていましたが、赤星は薬剤の効果でほとんど出ていませんでした。 しかし管理を放置した一角だけは現役でした。良かった・・・良くないけど。


■ 2019年06月16日 撮影

しかし「赤星」とは良く言ったモノですね。病斑周辺が赤くなるこの感じ、懐かしいです。 良く見るとハミ毛してますね。


■ 2019年06月16日 撮影

ナシ赤星病菌の厄介な点は病斑部が枯死すると言うことです。 写真の病斑も病斑中央に穴が空いています。 このような部位が増えると当然葉が落ち、正常な生命活動が維持できなくなります。


■ 2019年06月16日 撮影

銹子毛は筒状部分が護膜細胞と呼ばれる特殊な細胞で形成されています。 他のサビキン系とは異なり本種の護膜細胞はあまり消失しません。 しかし今回は珍しくこんな感じに・・・ちょっと古かったのかな?

■ 2019年06月16日 撮影

帰宅後に黒バック撮影・・・と言うかマクロレンズで撮影しました。 屋外では風だの日照だので綺麗に撮らせてくれませんからね、本種。

■ 2019年06月16日 撮影

こうして見ると分かりますが、感染部位は肥大しています。 裏返すと表は確かに凹んでいるのですが、それを考慮してもかなり膨らんでいます。 もう中の胞子がほとんど飛んじゃってる模様。

■ 2019年06月16日 撮影

今回の最大の目的は顕微鏡観察!銹子毛の一部を低倍率で観察してみました。 タワシみたいなのが護膜細胞、丸いのが念願のさび胞子ですね。


■ 2019年06月16日 撮影

まずは油浸対物レンズで撮影した護膜細胞です。 形状的にもまさにタワシで、ウロコ状になっています。 同じサビキン目のさび胞子堆の護膜細胞と比べるとやっぱり縦長ですね。 銹子毛を長く伸ばすために進化したんでしょうね。


■ 2019年06月16日 撮影

そしてやっと見れましたナシ赤星病菌のさび胞子です。 左が通常ピント、右が深度合成した状態です。直径は20μmほどで球形。 膜に覆われており、表面に微細なとげがビッシリ生えています。 凄く整った形状のさび胞子ですね。

■ 2019年06月16日 撮影

葉の表面を拡大すると変色した病斑部の中央付近にゴマのような黒い点が沢山あります。 これ実は感染初期に形成された精子器の残骸です。 ここで受精が起きて裏側に銹子毛が伸びてくるのですが、精子器は黒い点になって残ります。

■ 2019年06月16日 撮影

非常に綺麗に撮影できました。美しさすらあります。 護膜細胞が細かく裂けている様子も確認できます。基部は結構紫色っぽいんですね。

■ 2019年06月16日 撮影

この日は風が強くて幹ごと揺れるわ、日が差したり陰ったりで野外での撮影に四苦八苦。 その中でキレイに撮れた一枚でした。病害の原因菌ではありますが、キノコ屋的には魅力的な種です。 あまり農家さんのジャマをしない程度にこの場所で生き残っていて欲しいものです。

■ 2020年03月15日 撮影

顕微鏡観察のレベルがアップしたので見てみたかった本種の冬胞子堆。 以前の顕微鏡観察は性能が低く、満足できる写真が残っていないんですよね。 初めて出会った場所に行ってみると、すでに特徴的な赤茶色の冬胞子堆が。 初見時より1ヶ月以上早いのですが、結構早い段階で形成されているのですね。


■ 2020年03月15日 撮影

感染部位を拡大してみました。植物体自体も少し肥大しているのですね。 そして肥大した部分から冬胞子堆が幾つも飛び出しています。 この病徴部は葉が生きている限り翌年も冬胞子堆を形成します。 これがビャクシンを周囲の環境から排除しないと病害を根絶できない理由です。


■ 2020年03月15日 撮影

帰宅後に黒バック撮影してみましたが、ここで不思議なことに気付きました。 初見時は水に触れるだけで短時間で肥大した冬胞子堆ですが、なぜか長時間水に漬けても肥大しないのです。 どうも冬胞子堆が未熟だと肥大しないみたいです。これは知らなかったな・・・。 見た目は初見時と対して変わらないんですが、確かにちょっと冬胞子堆の背が低いかも?


■ 2020年03月15日 撮影

冬胞子堆を「MP-E65mm F2.8 1-5×マクロフォト」のほぼ最大倍率で撮影してみました。 表面は数の子のようなプチプチ感満載で、これ実はこの倍率で冬胞子が見えているんですよね。 サビキンの冬胞子は比較的大型なので性能の良いマクロレンズだと見えちゃいます。


■ 2020年03月15日 撮影

やっと綺麗な顕微鏡写真が撮れました。 適当に冬胞子堆の表面をピンセットでカリカリしてみると、こんな感じで冬胞子が沢山採れます。


■ 2020年03月15日 撮影

やっと綺麗な姿が見れました。これぞナシ赤星病菌の、ビャクシンさび病菌の冬胞子! 機材が違うとここまで綺麗に撮れるものなのか・・・。 あ、記念に旧写真も残します。これだけ違うんだぜってことを記録するために。


■ 2020年03月15日 撮影

冬胞子は2胞子性褐色。2個の胞子がくっ付いた状態で紡錘形をしています。 一端からはへその緒のようなものが伸びて冬胞子堆の本体に繋がっています。 薄っすらと核が見えていますね。未熟な胞子は細長く、色も淡いです。 全体的に発芽管が伸びている胞子が少ないですね。やっぱ未熟か。


■ 2020年03月15日 撮影

油浸対物レンズで観察してみました。核がハッキリ見えます。


■ 2020年03月18日 撮影

胞子が一向に発芽しないので高湿度環境を維持して3日ほど放置しました。 すると冬胞子から発芽管が伸び、それが担子器に成長しました。 途中から飛び出しているものが小柄で、この先端に担子胞子が形成されます。 上の小さい粒が担子胞子ですね。

■ 2020年04月18日 撮影

未熟でしっかり観察できなかったので1ヶ月後に再度訪れてみました。 それほど強い雨が降ったわけではないのですが、しっかりと吸水して膨張していました。 やはり冬胞子堆が一定の成長段階にならないと膨張しないみたいですね。


■ 2020年04月18日 撮影

採取した冬胞子堆を黒バック撮影してみました。映えますねぇ。


■ 2020年04月18日 撮影

吸水した冬胞子堆をマクロ黒バック撮影です。 冬胞子堆の本体はオレンジ色で透明感があり、アカキクラゲの仲間みたいです。 質感も見た目通りで、キクラゲのようにプルプルしています。表面に付着している褐色のものは冬胞子。 乾燥時は数の子みたいにみっちり詰まっていましたが、本体が膨らむことでまばらになります。


■ 2020年04月18日 撮影

冬胞子も再度撮影してみました。前回は見られた未熟な胞子は見当たりませんね。 それどころか発芽管を伸ばしている胞子がかなり多いです。


■ 2020年04月18日 撮影

一月前は水に触れさせてもほとんど反応しなかった冬胞子も活発になっています。 2つの胞子の境界部分から発芽管が伸び、冬胞子内部の内容物が移動しています。 発芽管はそれぞれの胞子から1本ずつ出るのが基本のようです。 やがて伸びた発芽管は担子器に変化します。


■ 2020年04月18日 撮影

内容物が移動し切った担子器は冬胞子から分離しても担子胞子を形成する能力を維持するようです。 やがて担子胞子は菌糸を伸ばし始め、これがナシの葉に侵入することで感染が成立します。 これだけでも本属菌が非常に複雑な生活環を有することが良く分かりますね。


■ 2020年04月18日 撮影

そしてやっと担子胞子を油浸対物レンズで観察することができました。 担子胞子は反った楕円形でソラマメみたいな形状をしています。 ピンと立って見える部分は担子器の小柄と繋がっていた名残ですね。 内部には大小無数の油球様の内包物が見られます。

■ 2020年04月18日 撮影

と言うことで明らかにビャクシンさび病菌状態がメインみたいなページになっちゃいましたね。 実際に顕微鏡レベルではセカンダリホストのバラ科植物よりもプライマリホストのビャクシン類のほうが面白いです。 2種類の植物間を行き来する性質を持つ植物寄生菌類は全容を理解できると非常に魅力的に見えますね。

■ 2020年06月06日 撮影

この日は植物寄生菌類にターゲットを絞り、実に9種類もの種を発見することができました。 そのド頭一発目に訪れたのはいつもお邪魔させて頂いているナシ農家さんの放置ナシ園。 ここは普段手入れされていないため、安定してナシ赤星病が発生していました。 しかし昨年ナシ黒星病が猛威を奮った(2019年の説明文参照)ため、今年は事前に殺菌剤を散布。 そのため葉には薬剤が降り積もっており、ほとんどのナシの木で発生が見られませんでした。 まさか壊滅か?と思いましたが、実の生らない若木は散布されなかったらしく、無事再会できました。 撮影中にモンシロチョウが偶然横切っていたことに帰宅後に気付きました。


■ 2020年06月06日 撮影

しかし発生は大人しめ。まぁ今年は仕方が無いでしょう、所詮は病害菌なんですし。 お話を聞くに、ここのナシ農家さん的には赤星より黒星のほうが果実への被害が大きくウザいとのこと。 なので赤星病についてはあまり敵視されていない印象を受けました。 ただ考えてみれば農薬散布しても来年は確定で出るあたり、中間宿主は恐ろしいですね。


■ 2020年06月06日 撮影

葉の表面の病斑は相変わらず美しいです。赤黄緑の3色が揃っているから美しいのでしょう。 病斑中央部には役目を終えた精子器が黒い粒となって残っています。


■ 2020年06月06日 撮影

裏側を覗いてみると最も状態!タイミングはバッチリですね。 そりゃ毎年毎年見せて頂いてるんだからもう体が時期を覚えてますよ。


■ 2020年06月06日 撮影

今年はガチマクロ撮影をしようと心に決めていたので、サンプルも採取させて頂きました。 構図とかライティングとか気にして撮影したので非常に良い標本写真が撮れたと思います。 ちなみにサンプルは乾燥させて標本として保存しました。


■ 2020年06月06日 撮影

国内で見られるサビキン目の中でも本種のさび胞子堆は群を抜いて格好良い! 何と言っても肥大した病斑部から無数に伸びる銹子毛と呼ばれる構造が本種の最大の外見的特徴。 Puccinia属菌にも多少長くなる種は存在しますが、本種はその比ではありません。


■ 2020年06月06日 撮影

真上から見てみました。これが「星」たる所以なんでしょうか? コップ状のさび胞子堆も花のようで綺麗ですが、本種は全体が花のようです。


■ 2020年06月06日 撮影

銹子毛は帯紫灰色で、他のサビキンと大きく異なるのは先端の構造です。 プクキニア属などは筒を構成している護膜細胞が先端から花のように裂けてさび胞子が露出します。 しかしGymnosporangium属は筒の先端部が閉じているのです。 護膜細胞はボソボソと裂けて隙間が開き、そこから胞子が飛散します。 生育の状態で先端部に穴が開くこともありますが、これは先端もろとも千切れ飛んだためです。


■ 2020年06月06日 撮影

せっかくなのでさび胞子も観察してみました。まんまる♪


■ 2020年06月06日 撮影

ついでにさび胞子とバラバラになった護膜細胞も撮影。 さび胞子堆が長く伸びる性質上、護膜細胞も縦長になっています。 表面は無数のトゲに覆われており、この構造も類似種との判別に役立ちます。


■ 2020年06月06日 撮影

※オンマウスで変化します

さび胞子を油浸対物レンズで撮影してみました。何もしない状態が通常ピント。 オンマウスで深度合成した写真に切り替わります。 これで厚膜であることと胞子表面の微細なとげが一度に確認できて俺的にもお得! ところどころ膜に穴が開いたように見える部分は発芽孔みたいですね。 にしても撮影技術は確実に向上してますね・・・。


■ 2020年06月06日 撮影

採取したもう1つのサンプル。病斑が大きい分だけ銹子毛も多いです。 にしてもオマエ何でこんな形状になる必要あるんだよって感じの外見ですね。

■ 2020年06月06日 撮影

これで本種はほとんどの形態を観察できたかな? あとはナシ感染初期の精子器と虫による受精を見てみたいですね。 そうなるともうちょっと早目にフィールドに出ないと。
■図鑑TOPへ戻る