■Hypocrea dipterobia (ハスノミウジムシタケ)

■ 2022年07月31日 撮影

前週にホソエノコベニムシタケ(山形型)が見付かり、標本採取の必要があったので2週続けて同じフィールドへ。 行けないと言っていたのに予告無しに突如参戦したガガンボ氏が冬虫夏草を発見。 最初は氏が地元で良く見るウスキヒメヤドリバエタケだと思いスルー気味でしたが、 マクロ撮影していた自分が違和感に気付き複数人で確認、本種だと判明しました。 ミズアブの仲間の幼虫から発生するレア冬虫夏草「蓮実蛆虫茸」です。 場所によっては安定して出ますが、国内では数ヶ所でしか見付かっておらず、もちろんこの場所は初。 冬虫夏草として見るととんでもなく特殊な存在です。特に分類的な意味で。

本種の初記載はブラジルで採取されたサンプルを元に行われています。 驚くべきは本種がボタンタケ属菌であると言うこと。 冬虫夏草の代表的な属であるCordyceps、Ophiocordyceps、Metarhiziumに属さないのです。 ボタンタケと言えば朽木から発生する種であり、顕微鏡レベルで見ても構造が冬虫夏草とは異なります。 つまり冬虫夏草じゃないハズなのに虫から出るんです。 我が国ではこのような種は本種と上述のウスキヒメヤドリバエタケくらいしか確認されていません。 この分類についてはまだ研究途中とのことなので、何が出るか楽しみです。

また同属と疑われているウスキヒメヤドリバエタケについてはアナモルフに和名が存在します。 そのためテレオモルフとは別にアナモルフのマユダマヤドリバエタケを別に分けて掲載しています。 本種も同様にアナモルフを伴いますが、明確な仮称の和名が存在しないため、混在で掲載します。


■ 2022年07月31日 撮影

疑い始めてしばらくはウスキヒメヤドリバエタケのセンも捨てきれませんでしたね。 やはり実物を実際に目にしていることは大きなアドバンテージですね。 子実体は宿主の体表から吹き出すように発生し、和名の通りの蓮の実型。 白い粉状のアナモルフを伴うものが多かった印象です。


■ 2022年07月31日 撮影

帰宅後に黒バック撮影しました。 ウスキヒメヤドリバエタケと比較すると全体的に黄色が強いのと柄を欠くのが特徴です。 子嚢殻は埋生で、突出具合などはまさにボタンタケ属!って感じですね。 やはり雰囲気が異なるのは子嚢殻先端があまり尖って突出しないためでしょう。


■ 2022年07月31日 撮影

本種の冬虫夏草としての異質さは何と言っても顕微鏡レベルでの特徴にあります。 なので標本を惜しまずに破壊し、可能な限りの写真データを残すことにしました。 まずは子嚢殻です。一目見て丸いと言うことが分かります。 高さは300〜350μmほどで、突出部を除けばほぼ球形。 裸生子嚢殻が丸く進化した種も存在しますが、埋生でこの丸みはそうありません。


■ 2022年07月31日 撮影

顕微鏡でコレが見えた時の嬉しさったらありません。 え?何が凄いのか分からない?ではそれをご説明します。


■ 2022年07月31日 撮影

本種の子嚢を切り出してしまいました。もうコレ見ただけでヨダレが出そうです。 本種の子嚢は基部が見えづらいですが実際には100μm前後。 内部に2胞子性の子嚢胞子が8組計16個の胞子が直線に並びます。 これは基本的に糸状の子嚢胞子を持つハズの冬虫夏草としては常識外れ。 と言うかこの特徴はまさにボタンタケなどの材上生の子嚢菌類の特徴なのです。

もう一つ、注目すべきは子嚢先端が肥厚しないこと。つまり「普通の子嚢」であることです。 冬虫夏草の仲間はほぼ例外無く子嚢先端に肥厚部が存在します。 あの異端児である植物種子生のサンチュウムシタケモドキですら肥厚部が存在します。 つまり本種が本来虫に感染する進化を遂げてきた系統から縁遠いことを意味しています。


■ 2022年07月31日 撮影

子嚢胞子は2胞子性で丸みを帯びた円錐形の胞子が底の部分でくっ付いて1組になっています。 これが真ん中で分裂して二次胞子となります。 2胞子性の冬虫夏草は少数派とは言え他にも存在しますが、それらも糸状なのでやはり本種は異質。


■ 2022年07月31日 撮影

TOP写真の奥にボケて写っていたのはアナモルフ主体の発生でした。 コチラも顕微鏡観察用に持ち帰っていました。 マクロ撮影して気付きましたが、少し子嚢殻が出来ていたんですね・・・。 ウスキヒメヤドリバエタケではこのような状態をマユダマヤドリバエタケと呼んでいますが、 本種は明確なマユダマにはならず、ボサボサとした外見になります。


■ 2022年07月31日 撮影

ボサボサして見える理由は顕微鏡観察によって判明しました。 表面に分生子形成細胞が見えますが、マジでボサボサしています。 マユダマ系のアナモルフはこれが綺麗に整列しているので、その差のようです。


■ 2022年07月31日 撮影

分生子形成細胞は縦長で先端に向かって分岐を繰り返します。 これはマユダマタケなんかと良く似ていますね。


■ 2022年07月31日 撮影

分生子は長楕円形。マユダマヤドリバエタケと比べるとやや小さいですが、大きいもので長さ5μm超え。 マユダマヤドリバエタケの時も思いましたが、分生子としてはかなり大型になります。 一般的なマユダマタケの分生子が大きくても3μmなので、似て非なるものですね。

食いたいですか?食いたくないでしょ・・・まぁ食毒不明ですが、食べたい居ないと信じます。 悪食の方でも5mmのものあえて採って食べないでしょうし。・・・食べませんよね? むしろ発見された方は菌類に詳しいお知り合いにご一報下さい。非常に貴重なサンプルになりますので。

■ 2022年07月31日 撮影

最初に目にした子実体です。最初は大きな朽木に複数発生していました。 TOP写真にしたものはその周囲の地表に点々と落下していたものです。 最初コレを見た私は周囲がハナサナギタケだらけなのと、 白いアナモルフが見えたことからウスキサナギタケだと思いました。 しかしガガさんがすぐにミズアブ生なのでウスキヒメヤドリバエタケだと指摘。 まぁこの段階では2人共ハスノミウジムシタケだと思ってなかったワケで・・・。


■ 2022年07月31日 撮影

その後、標本提供用にガガンボ氏が採取したものを撮影させて頂きました。 宿主が深い位置に居る場合や、今回のように材の下向きに伸びる場合は柄が長くなる傾向があります。 それでも結実部はちゃんとハスノミってますね。

■ 2022年07月31日 撮影

TOP写真としては特徴が分かりやすいと言う理由でアチラに軍配が上がりましたが、コレも悩みました。 背着生の白いヒダナシタケ型菌に埋もれるように発生する様子があまりにも美しい! 発生量もかなりのものですが、実は翌週にサンプル採取に訪れた時はほとんどが朽ちていました。 かなり旬が短い種のようで、この日見られたのは本当に幸運でした。


■ 2022年07月31日 撮影

自分が本種がウスキヒメヤドリバエタケではないと確信した子実体です。 見事なまでのハスの実型の結実部を形成しています。 色も明らかに黄色っぽく、「これやっぱハスノミウジムシだよ・・・」と言った際の皆さんの驚きの顔は忘れられません。 ヒダナシタケ型菌の管孔が形成しているあたり、下向きに出ていたことが良く分かりますね。


■ 2022年07月31日 撮影

発生量はかなりのものですが、この材と周囲の地表にしか発生は確認できませんでした。 翌週採取したサンプルは傷みが激しく研究用には使えなかったので、来年にリベンジしたいですね。

■ 2022年07月31日 撮影

実は私は自分なりに調べてこのフィールドに本種が出ると思い込んでいました。 ですが実際には勘違いで、この都道府県内で本種が見付かっているのは全く別の場所。 アホ丸出しなんですが、出ちゃったよ・・・地域は違えど環境は似ているのでしょうか?
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