■Hypomyces chrysospermus (アワタケヤドリタケ)

■ 2023年09月09日 撮影

キノコクラスタが「イグチがヒポミケってる」って言うのは99%がコイツのせいです。 夏にイグチ類に感染する菌寄生菌のHypomyces属の一種「泡茸宿茸」です。 名前に「アワタケ」と入っていますが、属を跨いで様々なイグチの仲間に感染します。 美味しいヤマドリタケモドキやムラサキヤマドリタケをいつも先に食ってしまう厄介者。 何とイグチ目の地下生菌までもターゲッティングしてくると言う念の入れようです。 2023年になって念願の、本当の念願の有性世代に出会うことができました。

実はこの図鑑ページ作成初期には掲載されていました。 ですが情報不足と有性世代無性世代の違い、学名が混乱していたので掲載を中断。 2020年に無性世代をしっかり観察して掲載に踏み切り、2023年に念願の両世代制覇となりました。 この属名は有性世代のもので、無性世代の学名は「Sepedonium chrysospermum」になります。 有性世代は男性形容詞、無性世代は中性形容詞になるので注意が必要ですが、 近年の学名の扱い方的に有性世代に統一する感じで掲載を決めました。


■ 2023年09月09日 撮影

「これアワタケヤドリの有性世代じゃないですか?」と言う絶叫が聞こえた亜高山帯針葉樹林。 発見者は学生時代にHypomyces属菌を研究していた菌友のアメジストの詐欺師氏。 研究中は国内から数多の本属菌の提供を受けたものの、本種の有性世代には出会えなかったとのこと。 なので本人曰く「日本で一番本種に出会いたかった人」はあながち間違いではないでしょう。


■ 2023年09月09日 撮影

私もずっと本種の有性世代に出会いたかったので、 このイチゴ色の子嚢殻が見慣れた黄金色の厚膜胞子に混じって見えた時は興奮しましたね。

と言うのも、本種は無性世代の発生量の多さに比べて極端に有性世代が少ないのです。 キノコクラスタの皆様であれば、夏に白くなったり黄色くなったりしているイグチなど見慣れているでしょう。 本種そのものはそれこそ日本中どこにでも居るのですが、それにしては有性世代が見当たりません。 実際に国内で本種の有性世代を掲載しているサイトは自分の知る限りは2ヶ所くらいです。 無性世代ばかりで有性世代が見付からないと言うとウスキサナギタケやツクツクボウシセミタケなどが有名ですが、 そもそも本種は分母が大きすぎるんです。発生頻度の低さはこれらの比ではありませんね。


■ 2023年09月09日 撮影

引き抜かれた有性世代です。黄金色の分生子に赤い子嚢殻が本当に見事・・・! この標本は博物館に納めるために採取され、私とアメさんは別個体の破片を胞子観察用に採取。 アメさんと下山時に話していましたが、やはり小型のイグチに発生しやすい気がします。 恐らく大型のイグチだと水分の含有量が多く、子嚢殻を形成する前に常在菌、 つまりはバクテリアに負けてしまうのではないか?との認識で落ち着きました。

本種自体の食毒は不明ですが、普通に考えて絶対に食べないで下さい。 宿主が猛毒イグチの可能性もありますし、ぶっちゃけこれ腐ったイグチなので、腐ったキノコは食べちゃだめです。 しかも「本種自体に毒成分があり、見た目が腐っていなくても本種に感染したイグチは中毒を起こす説」まであります。 まぁこれはあくまでまだ可能性の話ですが、少しでも古いイグチは絶対に食べないで下さい。 事実、自分も大丈夫だと思って持ち帰ったムラサキヤマドリタケが1日で真っ白になった経験ありますので。 あと普通に臭いです。

■ 2023年09月09日 撮影

最初に見付かった子実体です。黄色くなったイグチをアメさんがひっくり返したら裏が真っ赤! その後周囲を探した際に見付かったのがTOP写真のものでした。


■ 2023年09月09日 撮影

いつも見慣れた黄色くなったイグチにこの色の子嚢殻が見えたらそりゃ興奮するってモンですよ。 この日のメインターゲットは激レアイグチのアカネアミアシイグチでしたが、 正直レア度で行けば本種が同率1位に食い込むレベルだったと思います。


■ 2023年09月10日 撮影

アメさんと傘を2つに切り分け、一方を私が持ち帰らせて頂き黒バック撮影。 本種自体はイグチの表面を覆っている部分で、内部は本種が侵入したことで朽ちています。 ただ無性世代が発生したものはブヨブヨになっていることが多いですが、 有性世代が形成されたものは小型でも形を保てるくらいには硬さを保っています。


■ 2023年09月10日 撮影

これ!これですよ!このくすんだ薔薇色の子嚢殻をどれだけ夢見たことか! イチゴ色とも表現されるこの独特な赤色、まさにアワタケヤドリタケの有性世代って感じです。 赤色の子嚢殻を作る同属菌だと「H. armeniacus」や「H. rosellus」などがありますが、 前者ほど彩度は高くなく、後者ほど赤紫色ではないって感じの穏やかな赤色です。


■ 2023年09月10日 撮影

子嚢殻を切り出してみました。顕微鏡越しでも分かるこの赤色! 普通は分生子が交じると観察には邪魔ですが、本種の場合は逆にポイント高いですね。


■ 2023年09月10日 撮影

子嚢殻のサイズを測ってみました。大体200〜350μmの間くらいに収まるようです。 形状は楕円形で先端が突出し、色素は先端付近の細胞に多く含まれています。


■ 2023年09月10日 撮影

子嚢殻内部に並んでいる子嚢を切り出してみました。長さは長いもので140μmほど。 8個の子嚢胞子がやや詰まるように1列に並ぶのが特徴です。 と言うかこの特徴は本属菌共通なので、これが見れた時は凄い安心感がありました。


■ 2023年09月10日 撮影

遂に本種の有性世代の子嚢胞子を写真に収めることができました!凄い貴重だと思います。 子嚢胞子は両端が細長く伸びた紡錘形で表面はわずかにいぼ状。 2細胞からなり、隔壁が端に偏るのが特徴。方向的には中心から子嚢の付け根側に偏っています。 ここまで確認できれば十分でしょう!


■ 2023年09月10日 撮影

個人的に嬉しかったのが、本種の子嚢胞子と厚膜胞子に加え、宿主のイグチの担子胞子が見れたこと。 種はおろか属も分かりませんが、茶色っぽいのがイグチの胞子です。 この3種類の胞子が同時に顕微鏡の視野に入っているなんて感動しないワケがありません。 と言うかここまで朽ちていてもちゃんとイグチは胞子作ってるんですね。意外な発見でした。

■ 2006年09月01日 撮影

初遭遇はキノコ探しを初めて数日のこと。 地元公園で不自然に白いムラサキヤマドリタケを発見したのが馴れ初めでした。 何でこんな状態でムラサキヤマドリタケだと分かったかと言うと、ムラヤマさんの群生に混じってたからです。 この頃はカビたキノコだなと思ってあまり気に留めませんでした。まだ分生子が形成されておらず白っぽいです。

■ 2010年07月18日 撮影

同じ公園で出会ったのを撮影していました。まだこの頃はあまり興味が無かった模様。 これがとあるキノコの一群との出会いの中で興味が再燃したのでした。

■ 2018年11月18日 撮影

その出会いとは地下生菌です。実はこれウスベニタマタケの発生跡なんです。 地下生菌には他にもOctavianiaやRossbeeveraなどイグチ目に属する種が数多く存在します。 そして本種はこれらにも感染する性質があるのです。 姿形は変わってしまっても本質は変わっていないと言うことが分かる興味深い現象ですね。


■ 2018年11月18日 撮影

地下生菌本体は朽ち果てていますが、そこには大量の厚膜分生子が残されています。 コレ実は地下生菌探しの指標になるのです。 なのでベテラン地下生菌屋の方から「セペドニウムを目印に探す」と言う豆知識を教わりました。

■ 2018年12月08日 撮影

イグチ目のOctaviania属地下生菌を見付けたと思ったら居るし!黄色いの!


■ 2018年12月08日 撮影

イグチ目の地下生菌はその形状や顕微鏡レベルでの特徴にイグチだった名残りが残っていないことが多いです。 本属菌も然りなのですが、実はアワタケヤドリタケが感染するからイグチの仲間だと判明したものもあるそうです。 ヒトには分からなくても菌はしっかり分かっているのですね。


■ 2018年12月08日 撮影

この頃になると本種がタケリタケキンと同じヒポミケスであることを再認識し、興味を持ちました。 なので感染部位を持ち帰って顕微鏡観察し、その胞子の美しさに驚いたのでした。


■ 2018年12月08日 撮影

まだこの頃は微妙にgajin氏から頂いた顕微鏡を使いこなせていないですね。 2020年に撮影した写真と比べると雲泥の差ですわ。 それでもこの胞子を見ながら大盛りあがりしていたのを覚えています。

■ 2020年07月12日 撮影

本種は大抵の場合無性世代で見付かるので、目にするのは普通この白〜黄色のカビたような姿です。 しかし本種はヒポミケス属菌であり、子嚢殻を形成する有性世代が存在します。 有性世代では赤い子嚢殻を形成し、有性生殖により子嚢胞子を形成します。 現状やむを得ずこの和名で呼んでいますが、性格には有性世代の和名がアワタケヤドリタケです。 ただ最近は有性無性の統合が進んでいるようなので、まぁそこは押し通そうかと思っております。

■ 2020年07月12日 撮影

一応日本でも発見例は少ないですが子嚢殻を形成した有性世代が見付かっています。 当面の目標は有性世代を見付けることですね。非常に美しいと聞いているので頑張るぞ!

■ 2020年07月12日 撮影

本種を「Sepedonium chrysospermum」と認識してしっかり観察しようと考えたのがこの日でした。 旧TOP写真でワリと気に入っているのですが、流石に有性世代が観察できたら差し替えざるを得ませんよね・・・。


■ 2020年07月12日 撮影

宿主は奥に見えているミドリニガイグチ近縁種。正体が良く分からないヤツです。 普段は厄介なヒポミケスですが、顕微鏡観察したいと思っていたので待望だったりして。 手前に見える半球が傘で、奥に見えるのは軟質になって倒れた柄です。 やはり無性世代が発生したものはかなり宿主が軟化する気がします。


■ 2020年07月12日 撮影

本種はまず宿主表面を白色の菌糸マット(スービクル)で覆います。 その後宿主はグズグズに腐ってしまいますが、その表面に黄色い胞子を大量に形成します。 これがテレオモルフとアナモルフ共通の種小名の由来なのですが・・・?


■ 2020年07月12日 撮影

種小名は「chryso-(黄金色の)」と「spermus(胞子)」で実はストレートなネーミングです。 アナモルフは中性形容詞なので語尾が「-um」に変化していますが意味は同じ。 その名に恥じぬ見事なまでの黄金色で、顕微鏡観察してもその鮮やかさは全く衰えません。


■ 2020年07月12日 撮影

※オンマウスで変化します

この鮮やかな黄金色の胞子は厚膜胞子と呼ばれる分生子で、その名の通り厚膜で耐久性に優れます。 また胞子表面には顕著な突起が見られ、まるでモヤッとボー・・・ゲフンゲフン。 深度合成すると表面構造がハッキリ見え、その美しさに見惚れました。部屋が臭くなりましたけど。 まぁアレです。イグチの腐った臭いって凄いもんね。

■ 2020年07月18日 撮影

毎年多くのヒポミケったイグチが発生する近所の公園で有性世代探し。 しかし見付かるのはやはり無性世代の黄色いのばっかり。 ちなみにこの写真は上下逆転させてます。垂れてたので。 本種に感染すると軟質になりますからね。

■ 2020年07月18日 撮影

これは来たか!・・・と思いましたが、残念ながら子嚢殻は形成されていませんでした。 色合い的にはビンゴなので条件が整えばここから子嚢殻が形成されていたと予想されます。 ただこの段階で宿主が軟質だったので恐らく成熟しなかったでしょう。 成熟前に常在菌に負けちゃったかな?数日後に見たら朽ち果ててました。

■ 2020年12月13日 撮影

イグチと言えば夏の菌根菌。ですがイグチ目のキノコは冬場でも活動しています。 地下生菌がその代表例であり、そうなれば当然本種も獲物を求めて活動します。 発見が一足遅遅かった場合、大抵先客としてコイツが居ます。


■ 2020年12月13日 撮影

雨が少なく不作だった2020年の冬。地面はカラカラで地下生菌はほとんど居ません。 辛うじて残った水分の多い場所ではこの通り。宿主はOctaviania属菌です。 熊手で地面を掻いて黄色い粉が出てくると絶望感凄いんですよ?
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