■Metarhizium cylindrosporum (メタリジウム シリンドロスポルム)

■ 2015年08月15日 撮影

高原地帯の沢筋を散策中に地面に死んだヒグラシを多数発見しました。 体節から白い菌糸がハミ出しており、これは怪しいと感じて周囲の探索開始。 ほどなくして低い枝に奇妙なセミの死骸が付いているのを発見しました。 ヒグラシの成虫を宿主とする、まだ和名の無い気生型冬虫夏草です。 アブラゼミも宿主となることがあるアナモルフ菌類です。 その見た目からとても菌らしいと感じます。「腐海」と言う言葉がピッタリですね。

セミが緑色になって死んでる」ってのは間違い無くコイツの仕業です。 以前はクモタケと同じノムラエア属とされ、学名も「Nomuraea cylindrospora」でした。 しかしノムラエア属は解体され、緑色の冬虫夏草はテレオモルフ含め全てがメタリジウム属となりました。 発見されるのは無性世代ばかりで、有性世代は確認されていません。

ちなみに種小名の「cylindrosporum」は普通に読めば「円筒形の胞子」と言う意味です。 これ2020年に顕微鏡観察してハッとしました。


■ 2015年08月15日 撮影

少し拡大してみました。本種は空中湿度のみで生育する気生型です。 そのため宿主は枝に掴まった状態で死亡し、やがて本種の苗床となります。 掴まった脚から菌糸が張り出し、振っても落ちない程度に固定されてます。 翅は成熟すると脱落しやすく、完全な状態で残っているのは珍しいです。


■ 2015年08月15日 撮影

表面を覆う緑色の粉が分生子です。柄は作らず直接表面に形成されます。 クモタケは紫、ハナサナギタケは白、本種は緑と中々に鮮やかな連中ですね。 体節から出ている菌糸は白色。翅の隅々まで行き渡っているようです。

キノコ本体は表面の粉であり、食用になるわけないです。まぁ当然ですね。 セミの身体も内部は完全に本種に置き換わって虫要素は無くなっています。

■ 2017年09月03日 撮影

冬虫夏草探して訪れたフィールドですが、期待していた連中は見付からず。 帰ろうとしたら行きには反対側になっていた幹に見覚えのあるヤツが。


■ 2017年09月03日 撮影

もう老成しているようで翅も脱落し、緑色の分生子もかなり流されていました。 やっぱり腐海っぽいですよね。そしてやっぱりヒグラシの成虫なんですね。

■ 2017年09月03日 撮影

感染初期段階のヒグラシを発見!今にも動き出しそうなくらい綺麗な保存状態。 しかし眼球内部が菌糸で満たされて真っ白。体節からも菌糸が出ています。 しばらくして同じ場所を訪れた際は残念ながら宿主ごと地面に落下していました。

■ 2020年08月10日 撮影

ハチタケを求めて訪れた以前と同じ場所。 肝心のハチタケは全然見付かりませんでしたが、本種はメチャクチャ見付かりました。 感染初期から成熟したものまで、狭い範囲で5個体くらいは見たでしょうか? 果樹園などで大発生するとも聞きますし、気生型としては密度が高いようです。


■ 2020年08月10日 撮影

最も状態の良かった感染個体です。枯れ葉にしがみ付いたまま絶命していました。 本種は木の幹や細枝に付いていることが多く、安定感の無い葉は珍しいかも知れません。 あと気付いたんですが、目が白くなるのは感染初期だけみたいですね。 分生子が形成される頃には複眼が暗色に戻るようです。


■ 2020年08月10日 撮影

セミノハリセンボンでも見られる現象ですが、冬虫夏草の菌糸は翅の脈の中まで進行します。 細くて栄養価も無さそうな部位ですが、菌糸が張り出して透明部分まで伸びているのが分かります。 この感じだと本体は当然、足先までみっちり冒されているのでしょうね。


■ 2020年08月10日 撮影

帰宅後に黒バック撮影。でもこれは野外のほうが映えるなぁ。



■ 2020年08月10日 撮影

宿主ヒグラシの顔どアップをば。 明らかに菌に冒されて死んでる感はあるのですが、同時に今にも動き出しそうな生々しさも兼ね備えています。 以前の感染個体でもそうでしたが、目から口吻にかけてのT字帯は菌糸に覆われませんね。 この部位には体節部のような外骨格の継ぎ目が無いため、菌糸が吹き出せないのでしょう。


■ 2020年08月10日 撮影

吹き出した菌糸をマクロレンズで拡大してみました。 みっちりと塊状になっている部位もありますが、このように菌糸を伸ばしている部位も見られます。


■ 2020年08月10日 撮影

マクロレンズの倍率を上げてみると菌糸と分生子がおぼろげながら見えて来ました。 細い菌糸の表面につぶつぶして見えるのが本種の分生子のようです。 今回本種を採取したのはコレを顕微鏡観察するためでした。


■ 2020年08月10日 撮影

まずは塊状になっていた部分をピンセットで採取して全体的に観察。おお牧場はみどり。 視野全体が見事なまでに緑色です。分生子も沢山見えますね・・・ん? 何か変な形の細胞が見えますね。コンタミでしょうか?


■ 2020年08月10日 撮影

本種は分生子柄束を形成しないタイプのアナモルフ菌類です。 そのため菌糸から直接分生子柄を形成し、そこに分生子形成細胞を作ります。 菌糸に直接分生子が形成されているように見えるのはそのためですね。


■ 2020年08月10日 撮影

油浸対物レンズで観察してみるとこんな感じ。細い菌糸が見えます。


■ 2020年08月10日 撮影

分生子はあまり代わり映えない感じで、顕微鏡観察下でもハッキリ分かるほど緑色です。 形状は一端がやや細まった楕円形で、内包物は見られません。 長さはかなりバラバラで、ウチの環境では4.2〜8.4μmと倍の開きがありました。


■ 2020年08月10日 撮影

実は今回の顕微鏡観察、本番はここからでした。 観察を進める中でやはり変な細胞がコンタミなどではなく、本種の細胞だと気付いたのです。 どう見ても色合いが緑色ですし、本種の菌糸から出ているように見えたのです。


■ 2020年08月10日 撮影

ここでようやく生態図鑑を確認し、本種が2種類の分生子を形成する種であることを知りました。 周囲にバラけている小さな胞子が先に観察した小型のもの。 そして一塊になっている長細い胞子が大型のものです。


■ 2020年08月10日 撮影

大型の分生子を油浸対物レンズで観察すると、流石は大型、鮮明に観察できました。 こちらも緑色で内包物は見られずクリアな外観。 6個に見えるものもありますが、基本は5個が円を描くように並び、それぞれが外側に向かって反っています。 長さは17〜20μmほどもあり、小型の分生子と比べると約3倍ほどの長さがあります。

ここでふと思ったんですが、この大型の分生子は確かに円筒形ではあります。 でも円筒と呼ぶには随分と反っていて、あまり円筒と言う印象を受けません。 で思ったんですが、シリンダーってもしかして「リボルバー銃のシリンダー」のこと言ってます? 長い胞子が円筒形に円を描いて並ぶ感じ、装弾数5発の回転式拳銃のシリンダーそのものです。 言うて論文も読んでないので想像ですけどね。


■ 2020年08月10日 撮影

オマケで本種の分生子が連鎖する証拠写真をパシャリ。 なので分生子形成細胞はフィアライドと言うことになります。 同一の分生子形成細胞から大小の分生子が形成されているように見えますが、詳細は確認できず。

■ 2020年08月10日 撮影

恐らく絶命してまだ間もないヒグラシのメスです。 今にも動き出しそうなほどキレイな状態で菌糸の噴出も見られません。 ただここからの進行はかなり速いようです。

■ 2020年08月10日 撮影

コチラはかなり成長したもの。体節部から菌糸が噴出し、一部緑色に変化し始めています。 初期段階では菌糸は真っ白でボーベリアなどと区別が付きません。 にしても本種の有性世代はどんな・・・と言うかあるんでしょうか?

■ 2021年08月25日 撮影

地面に落ちてました。宿主は珍しく宿主はアブラゼミみたいです。 大抵は普段普通の死骸すら見掛けないヒグラシにばかり出ているので逆に新鮮ですね。

■ 2022年07月30日 撮影

定点観察していたハヤカワセミタケの観察に向かったのですが集中豪雨で直前に折れてました。 ショックで打ちひしがれて天を仰いだら目線の先に見覚えのあるお姿。 周囲を探すと複数個体が狭い範囲に見られました。この場所は以前から目を付けていましたが予感的中。 しかも何か凄く綺麗な感染状態ですね。


■ 2022年07月30日 撮影

流石に高すぎて撮影できないので枝を折って地上に挿して撮影しました。 いやーやっぱりこの青みがかった緑色は美しさすらありますね。 久し振りに分生子を観察しようと思いましたが、雨でズブ濡れだったのでモチベ上がらず。

■ 2022年07月30日 撮影

同じ木にもう1個体付いていました。やっぱりヒグラシですね。 基本的に縦の枝に掴まっていることが多いので、このような発生はワリと珍しいような。

■ 2022年08月11日 撮影

チチタケを撮影していたらディスプレイの端に不自然な青緑色が見え、 「ん?」と顔を上げるとかなり低い位置に付いていました。ちなみに7月30日と同じ場所です。 結構高い場所に付いていることが多いので、この低さは今までで最低位置かな?


■ 2022年08月11日 撮影

見やすさを考慮して90度回転させてみました。 今回特に気にせずにピントを合わせて撮影したんですが、それが逆に良かったです。 いつもは胴体にピントを合わせるんですが、今回は翅に合わせたことで意外なことに気付けました。 分かりますか?翅の透明な部分に菌糸が侵入しているのが綺麗に撮れているんです。 脈の部分に菌糸は侵入するのは分かりますが、透明部分にまで入り込むとは何と言う貪欲さ・・・。
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