■Microstoma floccosum (シロキツネノサカズキ)


■ 2021年07月03日 撮影

決して珍しいキノコではないハズなのですが、なぜ今まで出会えなかったんでしょうね? 春から初夏にかけて涸れ谷や湧水地周辺の広葉樹落枝に発生する小型の子嚢菌類「白狐盃」です。 「floccosum(密綿毛ある)」の種小名の通り、ボサボサした毛の生えた動物チックな愛らしいキノコです。 ただ本属菌として本種以前に出会ったのが激レア絶滅危惧種と2021年新種登録種なので順番が逆な気がしますけどね。

シロキツネノサカズキモドキと言ういかにも本種に似ていそうな和名の種が存在します。 ただこの種は子実体の色も違いますし、胞子のサイズが決定的に異なるので判別は容易です。 それよりも共に近年になって新種記載されたテンガイキツネノサカズキカラサケキツネノサカズキの2種のほうが圧倒的に本種に似ています。


■ 2021年07月03日 撮影

子実体は有柄碗形ですが子実層面は平らに広がらず、ずっとラッパ状を維持します。 図鑑では鮮やかな赤色と表現されていますが、赤いのはむしろモドキのほう。 本種はアプリコットとでも言うべきか、サーモンピンクと言うべきか・・・。 新鮮なサーモンのお刺身のような色をしています。


■ 2021年07月03日 撮影

もう1つの本種の特徴としては子実体全体が白毛に覆われていることです。 ただこの特徴は毛の質感は違えど本属菌に共通する特徴なので、この後は胞子観察が重要となります。


■ 2021年07月03日 撮影

子嚢盤を薄く切って顕微鏡観察してみました。上が子実層面で下が子嚢盤の外側です。 子実層面は子嚢盤の半分ほどの厚みがあります。外側は見ての通り毛が生えているのが分かります。 それではもう少し詳しく見て行きます。


■ 2021年07月03日 撮影

まずは子嚢。先端付近に8個の子嚢胞子が1列に並んでいます。 こうして見ると結構サイズがバラバラなんですね。 そして子嚢の隙間を縫うように走っているオレンジ色の細胞は側糸ですね。 本属菌はここまで2種類の顕微鏡観察を済ませているのですが、側糸が厄介なんですよね・・・。


■ 2021年07月03日 撮影

子嚢と側糸を切り出してみました。 本属菌は共通して側糸に分岐と融合が見られるのが特徴です。 そのため側糸だけを切り出すのが難しく、どうしても不純物や子嚢が絡め取られてしまいます。 今回は比較的見やすく切り出すことができました。


■ 2021年07月03日 撮影

そして本種は胞子に同定に必要な情報量が多いのも特筆すべき点です。 本種の子嚢胞子は楕円形で、20〜25μm。このサイズ感が重要です。 大きいと30μmほどになるそうですが、 類似種とされるシロキツネノサカズキモドキは40〜65μmと倍以上のサイズになります。 また本種は片側に透明な付着物が見られるのも大きな特徴です。 さらに、外見の似たカラサケにはこの付着物は無く、テンガイは両端に皮膜がある点で区別できます。


■ 2021年07月03日 撮影

本属菌の子嚢は非アミロイドなので、メルツァー試薬で青く染まりません。


■ 2021年07月03日 撮影

ちなみに外側の毛を見てみると隔壁が見えます。 複数の細胞から成るのが良く分かります。 細胞が非常に厚膜なのでこんなに頑丈なんですね。

食毒は不明ですが、そもそも子嚢盤の直径が大きいものでも1cm以下なので仮に無毒でも食用価値無しは確実です。 本種は子嚢菌類の中でもかなりカワイイ系だと思うので、被写体としての価値はかなり高いと思っています。 見て愛でるに留めることをオススメしますね。


■ 2021年07月03日 撮影

ちなみに全景はこんな感じ。意外すぎる場所での発見だったので視界に入った時は信じられませんでした。 今回の発見は地味にセンボンキツネノサカズキに匹敵する嬉しさだったかも知れません。 だってtwitterとかでも普通に皆さん見てるんですもん。凄いフラストレーション溜まってましたから。

■ 2021年07月03日 撮影

周囲の細枝にも点々と発生しており、安定した発生地のようですね。 本種より先にカラサケキツネノサカズキを見ていたので、初見の感想は「群れないカラサケ」でした。 色も似てますし、毛の質感も良く似ています。ただこれはマクロで見ると全然違いました。


■ 2021年07月03日 撮影

非常にkawaii!小ささも相まって可愛らしさの塊です。 色合いも優しいですが、このホワホワした毛が可愛らしさを引き立てていますね。 なぜか子嚢盤の中にトビムシが居ました。休憩しているだけかな?

■ 2021年07月03日 撮影

最初に見付けたのはこの数個体でした。 初見なので喜んで撮影していましたが、ふと顔を上げたらTOP写真の光景が目に飛び込んできて絶叫しましたよ。 シロキツネノサカズキモドキと比べると柄が短いように感じます。 カラサケやセンボンは密集するから柄が長くなりますが、モドキやテンガイは単生なので柄が長い不思議。

■ 2021年07月03日 撮影

どうしても黒バック撮影したかったので顕微鏡観察用サンプルも兼ねて細枝を1本お持ち帰り。 やっぱり映えるだろうなと思ってはいましたがメチャクチャ綺麗に撮れますね。 これは確実に被写体が優秀だからですけど。


■ 2021年07月03日 撮影

マクロ撮影してみると・・・うーんこれは美しい!子嚢盤も色も優しいし白い毛は生えているし。 幼菌の頃は椀の縁部の毛が内側に倒れ込んでいますが、成長と共に外側に開きます。 パッと見はカラサケに似ていますが、カラサケと比べて毛が繊細に見えますね。 と言うかカラサケの毛が硬そうなんですけど。

■ 2023年05月03日 撮影

肌寒さも和らぎ暖かくなって来たゴールデンウィーク。しんや氏とフィールドをご一緒しました。 クスサンの繭に出るCocoonihabitus属菌が出る場所で出会いましたが、あれ?君写真と違くない? じゃなくて、地元で見るオレンジ色のものとは雰囲気が違うような・・・?


■ 2023年05月03日 撮影

まず気になるのは子嚢盤の色。明らかにオレンジ色ではなく赤色系統です。 そして明らかに柄が長いですよね。とても同種だとは思えません。 あまりにも違うので、時期的にもギリシロキツネノサカズキモドキかとも疑いました。 最初に結論を述べてしまうと、このページに載っている時点でお察しだと言うことです。


■ 2023年05月03日 撮影

柄を辿って基部まで到達しました。抜いてみるとこんな感じ。 柄が短いのはどうも埋もれていたためのようで、もやしと同じ原理だったようです。 ネットで調べると、これくらいの個体差は普通に存在するみたいですね。


■ 2023年05月05日 撮影

採取から2日後。やや未熟だったので胞子を自然噴出するまで待ってから黒バック撮影。 この頃になると肉眼でも明らかに赤みが弱まったのが分かりましたね。 柄は白色でやや透明感があり、表面にはしっかりした毛が生えています。


■ 2023年05月05日 撮影

子嚢盤はこんな感じ。マジで愛らしいですね。どこが「白」なのかは分かりませんが。


■ 2023年05月05日 撮影

「盃」と呼ばれるワリには深さのある杯形で、全体的に白い毛に覆われています。 早春に発生するモドキはこのような細かな毛は存在せず、子嚢盤の周囲が反るように裂けます。 ちょっと期待しましたが、モドキは雪が降るような時期に出る種なので流石に無いか・・・。


■ 2023年05月05日 撮影

と言うことで顕微鏡観察開始です。サンプルも限られるので慎重に切片を作成します。 子嚢盤を縁部を含めてカット。椀の外側に生える毛の様子が良く分かります。 こうして見ると意外と縁部に子実層じゃない部分があるんですね。


■ 2023年05月05日 撮影

子実層はこんな感じです。子実層周辺の細胞にはオレンジ色の色素が。 子嚢盤の特徴的な赤さは子実層由来で、主に側糸に赤色色素が多く含まれています。 しかし同種でここまで色素の含有具合が違うとは。何か原因があるんでしょうかね?


■ 2023年05月05日 撮影

子嚢胞子はやはりちょっと未熟だったようで、以前見たものに比べると少し細いような気がします。 内部に泡状のものが多いのも少し未熟だからでしょう。 ただ本種の特徴でもある片側に透明な付着物が存在すると言う特徴が確認できたため、 やはり本種はシロキツネノサカズキなのでしょう。良い勉強になりました。


■ 2023年05月05日 撮影

一応メルツァー試薬の反応も見ましたが、呈色はぜず非アミロイドでした。


■ 2023年05月05日 撮影

と言うことで顕微鏡観察も無事成功したので最後に黒バックの別アングルで締めましょう。 正直更新作業をしている今でも同種であることが信じられないほどに形態的特徴が異なっていました。 とりあえず2パターンの子実体を見れたのは経験値としてはかなり大きいと思います。 これだからキノコは止められない!
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