■Ophiocordyceps dipterigena (ハエヤドリタケ)

■ 2023年07月23日 撮影

2023虫草祭の主役だったと断言しても良いでしょう。 「ここでは普通に見られるよ」と事前に聞いていましたが、その想像の数倍凄かったです。 主にムシヒキアブの成虫から発生する気生型の冬虫夏草「蠅宿茸」です。 ハエじゃなくてアブじゃん!と言いたくなりますが、学名的にはハエ目(双翅目)と言う意味ですね。 種小名は「Diptera(ハエ目)」と「-gena(〜に生じる)」の意味ですから。

図鑑では南方系の冬虫夏草と紹介されていますが、今回の発生地は東北地方の冷涼な環境。 同種であればかなり適応環境の幅は広いはずですが、不思議と発生地が南と北に偏っています。 宿主が異なる場合もあるようですし、ひょっとすると別種が混じっているかも知れませんね。 和名的にフトクビハエヤドリタケオニハエヤドリの代表みたいな感じになってますが、 実際に子実体の形状や胞子なども似ているので近縁ではあるようです。


■ 2023年07月23日 撮影

「これは見ておいたほうが良い!」と沢の向かい側から呼ばれて行ってみると、 モミの幼木の葉の付いていない枝を中心におびただしい数の発生が見られました。 アリ生種のように巣を中心に活動する宿主ならともかく、狩りを行うムシヒキアブがなぜこんなに集団で? これには流石のベテラン虫草屋さん達も首を傾げていました。


■ 2023年07月23日 撮影

和名に反して宿主はハエではなくアブ。ムシヒキアブと言う肉食性のアブの仲間です。 幼虫から成虫まで一生を通じて他の生物を捕食し、成虫は自分より大きな昆虫まで仕留めます。 そんな狩りの名人のムシヒキアブにも本種と言う天敵が居るのですね。 本種はテレオモルフとアナモルフが同時に発生するのが一般的。詳細は帰宅後の詳しい観察にてご紹介。


■ 2023年07月25日 撮影

翌日も観察会で帰宅後に胞子観察をしてからの黒バック撮影だったので2日ほど経っています。 本種の子実体のメインは宿主の頸部付近から複数本発生するテレオモルフです。 子嚢殻を持つ有性世代は淡い橙黄色ハスの実型で、基本的に2〜4本を生じます。


■ 2023年07月25日 撮影

そして本種の面白いトコロは尾部から高頻度でアナモルフを発生させることです。 無性世代の分生子柄束は線状でややうねっており、表面に分生子を形成します。 ウスキサナギタケとハナサナギタケのように、世代によって区別はされませんが、 稀にアナモルフだけが発生したものはツノダシムシヒキアブタケと呼ばれることも。


■ 2023年07月25日 撮影

では両世代を詳細に。まずは有性世代(テレオモルフ)です。 先述の通り子実体は子嚢殻が全て先端方向を向くハスの実型です。 一見するとタンポ型に見えますが、球体の結実部下側を向く子嚢殻はありません。 子嚢殻は埋生で先端がやや周囲の盛り上がりを伴いながら突出します。


■ 2023年07月25日 撮影

子嚢胞子を撮影してみました。非常に長いので撮影には苦労しましたね。 子嚢胞子は糸状で長さは500〜600μmとかなり長め。 ちゃんと数えてみましたが、キッカリ64個の二次胞子に分裂します。 冬虫夏草の胞子は両端の細胞が弾丸型になることが多いですが、本種はあまり形状が変わりません。


■ 2023年07月25日 撮影

と言うのも本種の二次胞子はそもそも紡錘形なので両端が細いんですよね。 同じハエ目に生じるオニハエヤドリタケやフトクビハエヤドリタケも似た胞子を持ちます。


■ 2023年07月25日 撮影

お次は無性世代(アナモルフ)。テレオモルフを伴う場合は不思議と尾部からのみ発生します。 表面に分生子が付着していて粉っぽく見えますが、分生子柄束自体は灰褐色。 テレオモルフのやや褐色を帯びた基部と同じ色です。


■ 2023年07月25日 撮影

分生子柄束表面を覆っている粉状の分生子を顕微鏡観察してみました。 面白いのが形状で、船形と表現されます。 大きさもバラバラであまり冬虫夏草の分生子では見ない雰囲気です。 分生子と言うと大抵は楕円形か紡錘形ですからねぇ。

食毒は不明ですが、薬効があるとも聞きませんので食用価値無しとしておきます。 ソレ以前に本種は冬虫夏草として非常に格好良い種だと思います。 宿主も子実体の形状も冬虫夏草としてのレベルが高いので、観賞価値は非常に高いです。 本種は是非実物を自然環境下で見ておきたい・・・そう思わされます。


■ 2023年07月23日 撮影

シメは全景。ちなみにとある参加者さんが「70まで数えて止めた」と仰っていた通り、 1本の木に100弱の宿主が付いていたみたいです。 生涯冬虫夏草を探し続けても二度と出会えない、 そう言っても過言ではない言うレベルの奇跡的な発生状態だったのではないでしょうか。

■ 2023年07月23日 撮影

テレオモルフが奥に1つしか出来ていない子実体、ほぼツノダシムシヒキアブタケ状態ですね。 ただ本種は有性世代が格好良いようなモノなので、 珍しいのは珍しいんですが逆にちょっと残念感もありますけど。

■ 2023年07月25日 撮影

7月後半と言えど東北は何だかんだ冷涼。 そのためこの日見付かった子実体は未熟なものが多かったです。 ただ数は出ていたので胞子観察用に成熟状態の異なるものを2個体だけ採取しました。 1つはTOPで紹介した成熟して子嚢殻が突出したもの、もう1つはこのやや未熟なものです。


■ 2023年07月25日 撮影

拡大するとこんな感じ。やや未熟で結実部は小さいですが、発生状態は非常に良いです。 と言うか不自然に綺麗なんですよね。 気生型冬虫夏草は越冬して翌年に成熟するものが多いため、最盛期には宿主はボロボロです。 ヤンマタケやフトクビハエヤドリタケを見れば分かりますが、特に脆い翅は大抵ボロっています。 しかし本種の翅はまるで新品。 構造色も残っていて宿主本体にも萎んだ以外の目立った傷みはありません。 ひょっとして越年性ではない・・・?


■ 2023年07月25日 撮影

テレオモルフは左右に2本ずつと良い感じにシンメトリーっています。 以前から虫草屋さんに本種は格好良いと言われて来ましたし、乾燥標本を見て憧れて来ました。 それが目の前にこうしてあると言うのは本当に嬉しいものです。マジ格好良い!


■ 2023年07月25日 撮影

結実部を拡大してみました。子嚢殻は褐色で、埋生ですが埋もれた部分が盛り上がって見えます。 この点に見えるのが子嚢殻の先端で、ここから子嚢胞子を噴出して感染を広げます。 他のハエ生種よりも結実部が丸いので、ハスの見型よりタンポ型に近いのも良いですよね。


■ 2023年07月25日 撮影

もちろん尾部からはアナモルフが出ています。両世代を同時に出すのには何か狙いがあるのでしょうか? まだ分生子柄束が短い頃はヤンマタケのソレに良く似ていますね。 アレもアナモルフ菌類なので当然ですが。

■ 2023年07月23日 撮影

100弱の発生が見られた奇跡の木だけではなく、何と沢の至る所でこんな状態でした。 フィールドに入る前に本種が一番多く見られるとは聞いていましたが、加減しろ莫迦! と言うかムシヒキアブからしたら地獄以外の何でもないですよ。

■ 2023年07月23日 撮影

と言うことで本当にハエヤドリタケ天国な虫草祭のフィールドでした。 それ以外にも数多くの冬虫夏草を排出した素晴らしい環境でした。 ちょっと本種とコツブイモムシハリタケにうつつを抜かしすぎたので、機会があればまた行きたいですね。
■図鑑TOPへ戻る