★Ophiocordyceps pulvinata (コブガタアリタケ)

■ 2016年08月06日 撮影

どろんこ氏にお誘い頂きベテラン集う観察会に参加させていただきました。 エリアシタンポタケに並ぶこの観察会の目玉でしたね。 図鑑で見た時からずっと出会いたかった憧れの気生型アリ生冬虫夏草「瘤形蟻茸」です。 ミカドオオアリにも出ますが主にムネアカオオアリの働きアリに感染し、 アリ生種の中でも特に珍しく、比較的標高の高い場所や高緯度地域に分布しています。 ここでは周囲の細い枝に無数の宿主が見られ、墓場の様相を呈してました。

国内で見られる「気生型アリ生種四天王」と私が勝手に呼んでいます。 他の3種はイトヒキミジンアリタケ、クビオレアリタケ、タイワンアリタケですね。 本種はその中でも最もレア度が高いと思われます。 また稀に本種に別種のツブガタアリタケが重複寄生することが知られています。


■ 2016年08月06日 撮影

拡大してみました。一見するとただのムネアカオオアリの死骸ですが、 不自然なことに細い枝の途中に捕まっています。


■ 2016年08月06日 撮影

もうお分かりですね。頭部後ろの茶色い襟巻きが本種の子実体なのです。 本種は柄を持たず、結実部を頸部に直接形成すると言う変わり者。 柄を持たないため、当初はてっきりトルビエラ属だと思われていたのだそうです。 しかし分子系統解析を行った結果、タイワンアリタケに極めて近いことが判明しています。

小型で子実体自体が極めて小型。そのため当然ながら食用価値無しです。 ただ宿主の着生の仕方がカッコ良く、コレクション性はかなり高いと思われます。 比較的レア種なので、新発生地を見付けたらサンプルを研究者さんにお送りすると良いかも?

■ 2016年08月06日 撮影

採取した個体です。宿主は枝を抱くだけではなく、枝に噛み付いて絶命しています。 これは他のアリ生種の宿主でも見られる「デス・グリップ」と呼ばれる行動です。 周囲の物に噛み付き、身体を固定した状態で絶命するのです。 冬虫夏草に感染することでこの行動を誘発されていると考えられています。


■ 2016年08月06日 撮影

持ち帰った別個体を黒バック撮影してみました。 宿主のムネアカオオアリは枝が変形するほど強く噛み付いて死んでいます。 胸部や腹部はしぼんでおり、菌の本体は頭部や胸部に集中しているようですね。 タイワンアリタケやクビオレアリタケは腹部が原型を保っていますが、 本種やイトヒキミジンアリタケは腹部が萎むのが普通ですね。


■ 2016年08月06日 撮影

結実部を拡大してみました。子実体は暗赤褐色で子嚢殻は埋生型です。 子嚢殻先端がやや突出しており、この先から糸状の子嚢胞子を噴出します。 体の内部は完全に菌に冒されているようで、複眼が白色になってます。 ちょっと古かったようで、結実部が少し萎んでいるようですね。 そのため胞子採取には失敗。高性能の顕微鏡も持っておらず何年も悶々とすることになります。

■ 2016年08月06日 撮影

最初は見付けるのが大変でしたが、目が慣れてくると周囲はこんな光景が広がっていました。 一つの植物体に無数に宿主が着生している、虫草屋さんが「墓標」とか「墓場」と呼ぶ光景ですね。 アリは同じ道を通る習性がありますし、死にゆく旅路まで同じとは何ともまぁ。

■ 2016年08月06日 撮影

慣れて来ると一つの共通点に気付きました。本種が発生している場所の特徴です。 植物には共通点は無く、生きたツツジの枝から落ちた針葉樹の枝まで様々。 ですがどれも細さが同じで、大抵1mmくらいの太さで似通っています。 この太さは恐らくムネアカオオアリのあごにジャストフィットするのでしょう。 また多少例外はあるものの、葉の落ちた枝枯れ枝に特に多いように感じました。 これはクビオレアリタケでも見られる光景で、何か共通点があるのかも知れません。

■ 2023年08月24日 撮影

2016年の初対面以降、高緯度地域に行く機会が無くて本種にずっと出会えず仕舞い。 そうこうしている間にアリ生四天王の中で顕微鏡観察していないのは本種のみになってしまいました。 東北開催の虫草祭で出会いを期待しましたが残念ながらそれは叶わず、失意の底に沈んでおりました。 しかしそんな私の状況を知ってい虫草仲間のめたこるじぃ氏が何とサンプルを送って下さいました!


■ 2023年08月24日 撮影

今回は胞子観察用とは別に分解用に2個体を送っていただきました!ありがとうございます! 頂いたからには無駄にはしません。取れるだけのデータを取りますよ! まずは主に胞子観察に使用したサンプルです。結実部が明らかにみずみずしいのが分かりますね。


■ 2023年08月24日 撮影

結実部は宿主の頭部と胸部の隙間、ヒトで言うところの頸部から発生します。 これは他のアリ生種も同様なのですが、本種がヘンテコなのは柄が無いことです。 色合い的にも宿主の色的にもクビオレアリタケっぽいですが、 長く伸びる柄は存在せず、下ろしたフードみたいな状態です。


■ 2023年08月24日 撮影

コチラは別のサンプル。こちらは子実体部が少し過熟なのか、 1つ目のように子嚢胞子の噴出があまり見られないため、顕微鏡観察用に分解して調べることに。


■ 2023年08月24日 撮影

こうして見ると分かるのですが、実は結実部は1つではありません。 本種は2〜8個の複数の結実部が癒着するように形成されてこのような形状になります。 完全に癒着したものはネックピローのようになって区別できなくなりますけど。


■ 2023年08月24日 撮影

勿体無いけど結実部をカミソリで切断して切片を作成しました。 すると外側に向かって形成された子嚢殻が!


■ 2023年08月24日 撮影

子嚢殻埋生で先端部だけが突出し、長さは長いもので500μm前後。 図鑑でも400〜600μmとあるので、まぁ平均的なサイズではないでしょうか。 この断面の雰囲気は他のアリ生種と良く似ていますね。


■ 2023年08月24日 撮影

子嚢は子嚢胞子がパンパンに詰まって太くなっていました。 長さは250μm弱のものが多いようです。また先端には肥厚部が存在します。


■ 2023年08月24日 撮影

これです。これがずっと見たかったんです。やっと本種の子嚢胞子を見ることができました! 子嚢胞子は短い糸状で長さは短いもので200μm、長いもので230μmって感じでした。 一応図鑑の記載の範囲内でしょうか?

実はコレ、他の寄生型アリ生四天王の胞子と比べると明らかに2〜3倍近く長いんですよね。 クビオレアリタケが80μm、タイワンアリタケが90μm、イトヒキミジンアリタケが100μmくらいなので、 本種だけ異常に胞子が長いです。他の3種とはちょっと縁遠いのかも知れませんね。


■ 2023年08月24日 撮影

また胞子を見るならやっぱり隔壁を見ないといけませんよね。 KOH水溶液で前処理をし、その後メルツァー試薬で染色することで隔壁がハッキリ見えるようになります。 これはピントを胞子内部に合わせた状態。コチラのほうが正確な見た目ではありますが、ちょっと見づらいかな?


■ 2023年08月24日 撮影

ちょっとした裏ワザですが、隔壁はあえてピントを胞子の手前に来るようにボカすと良く見えます。 隔壁の数は最大15個なので、本来は2のn条の16個の細胞に分かれると予想されます。 ただし本種は二次胞子に分裂しないので糸状のままです。


■ 2023年08月24日 撮影

また撮影中に変な胞子が混じってるなと思ったら何と子嚢胞子が発芽していました。 先端に見えるのが分生子です。他のアリ生種もワリと発芽しやすいみたいです。 この発芽しやすさは宿主を狙うための生存戦略なんですかね?


■ 2023年08月24日 撮影

コブガタアリタケの分生子です。細長い紡錘形で、あんま分生子っぽくない形状ですね。 早めに発芽して無性生殖で分生子をバラ撒くと言うサイクルなのかな? Ophiocordyceps属のアナモルフを見る機会は意外と少ないので、貴重なものを見れたと思います。


■ 2023年08月24日 撮影

と言うことでシメは撮ってて気に入った角度から撮影した1枚で。 今回は貴重なサンプルを送っていただくことができましたが、 やはり今度は自分の足でフィールドに行きたいですね。 正直以前行った際は感動しすぎてマトモに現地観察できてない感がありますし。
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