★Ophiocordyceps satoi (クビオレアリタケ)

■ 2022年08月25日 撮影

比較的近い地域にお住まいのしんや氏にフィールドを案内して頂く機会があり、遂に真の姿を拝むことができました! その後探し方のコツを教えて頂き、地元に戻って発見に成功したと言う思い出深い種でもあります。 夏に枝先などに噛み付いたまま絶命したトゲアリから発生する気生型冬虫夏草「首折蟻茸」です。 気生型アリ生冬虫夏草四天王で唯一成熟個体を見れておらず、本種との出会いには特別な思いがありました。 気生型としては珍しく、かなり気中湿度が低い場所に発生する傾向があります。

以前はタイワンアリタケの1変種として「O. unilateralis var. clavata」と言う学名でした。 しかし近年になって別種であることが判明し、現在はこの種小名となっています。 ちなみに種小名の「satoi」はハリガネムシなどの寄生虫による行動原理を研究する生物学者であり、 また論文記載にあたり標本提供に貢献した佐藤拓哉氏への献名です。


■ 2022年08月25日 撮影

撮影は困難を極めました。だって頭上に居るんですから・・・。 腕をプルプルさせながら撮影したクビオレアリタケの発生状況です。 枝に噛み付いたままで宿主のトゲアリは死んでおり、そこから子実体が発生しています。 驚くべきことに周囲は沢も沼も池も無い乾燥した尾根筋。 とても冬虫夏草があるとは思えないほど乾いた場所でした。 周囲にはイトヒキミジンアリタケが見られましたが、あれはもっと地面に近く湿度は多少あります。 本種とセミタケは冬虫夏草を探そうと思って探せる種ではありませんね。


■ 2022年08月25日 撮影

胞子観察用に1個体だけ採取させて頂き、地上に下ろして安定した場所で撮影を行いました。 子実体はトゲアリの後頭部、ヒトで言うトコロの頸椎あたりから発生します。 また他のアリ生種でも見られはしますが、本種は安定して複数本のストローマを伸ばします。


■ 2022年08月27日 撮影

宿主のトゲアリを中心に撮影してみました。 日付が進んでいるのは胞子観察用のケースに入っており、観察に成功した後での撮影のためです。 宿主はがっちりと枝を噛んでおり、脚もしっかりと枝を掴んでいます。 あまり枝表面に菌糸が広がるようなことは無いようです。


■ 2022年08月26日 撮影

TOPで「気生型アリ生冬虫夏草四天王」と言っていますが、他の3種はもうお分かりですね? 五十音順でイトヒキミジンアリタケコブガタアリタケタイワンアリタケです。 と言うか今のところ重複寄生菌を除けば自分はこの4種類しか知りません。 その中でもクビオレアリタケはビジュアルが一番格好良いと個人的に思っております。 その理由はこの写真でもお分かりになられるかとは思いますが、あえてしつこくご説明します。


■ 2022年08月26日 撮影

まず格好良いのはこのストローマの本数です。 他のアリ生気生型種は1個体につき1本のストローマを出すのが一般的です。 しかし本種は大抵の場合3方向にストローマを伸ばします。それがまた迫力があるのです。 なのでこうして全体が写るよう引き気味に撮るとボリュームが凄いんですわ。


■ 2022年08月26日 撮影

次に宿主がトゲアリであると言うことのアドバンテージが大きいんです。 イトヒキミジンアリタケの宿主は主にミカドオオアリ。 コブガタアリタケの宿主は主にムネアカオオアリ。 タイワンアリタケの宿主は主にチクシトゲアリ・・・。 チクシトゲアリは背中にトゲがあったりして若干パンキッシュですが、トゲは短く目立ちません。 しかしトゲアリはアリそのものも大型の上にトゲは強烈!そりゃ格好良いですって。


■ 2022年08月26日 撮影

子実体はその名の通り首折れ型で、結実部はやや不規則に複数個形成されます。 この結実部の多さも、本種がボリューミーに見える理由でしょう。


■ 2022年08月26日 撮影

結実部は歪んだ球形で、ストローマの折れ曲がった部分に沿うように形成されます。 ここで注目すべきは色。イトヒキミジやタイワンが黒色であるのに対し、本種は褐色です。 なので色合い的には形状は全然違いますがコブガタに似ていますね。 子嚢殻は埋生で先端部がやや突出します。


■ 2022年08月26日 撮影

胞子を自然放出させられるかは運でしたが、勝負には勝てましたね。 セッティングの翌日にスライドガラス上に胞子が落下していたので顕微鏡観察できました。 子嚢胞子は短い糸状で先端が細まります。


■ 2022年08月26日 撮影

観察しやすいようメルツァー試薬で染色したものを並べてみました。 長さは80μmちょっとで文献より若干短いようですが、これは成熟具合の違いかな? 実際には90〜145μmくらいまで長くなるそうです。まだ未熟なまま胞子が少し飛び出したのかな? でもそれ以外の特徴は完璧に一致です。


■ 2022年08月26日 撮影

メルツァー試薬で染色したのは隔壁を観察しやすくするためでもあります。

良く見ると細胞に境界部分が存在し、幾つか確認してみて3〜5個の隔壁があるように思います。 これは近縁とされるタイワンやイトヒキと酷似し、コブガタとはやや異なります。 子実体の色的には一番コブガタに似ているんですが・・・不思議ですねぇ。

極めて小型の冬虫夏草であり、食毒は不明ですが少なくとも食用価値無しなのは確かでしょう。 発見例が決して多くない種であり、食う気なんて到底起きないですけど・・・。 探す際はトゲアリの巣をまず先に探し当て、そこから周囲を調べると出会える可能性が高まりますよ!

■ 2018年07月15日 撮影

初発見は4年前。ガガンボ氏主催のオフ会でした。ずっと見たかったので感動しましたよ。 これで気生型アリ生種はイトヒキミジンアリタケ、タイワンアリタケ、コブガタアリタケと本種で一応コンプ? あ、ツブガタアリタケは重複寄生菌だと思われるので除外で。


■ 2018年07月15日 撮影

枝をガッチリ噛んだまま絶命しており、その頸部から複数本のストローマが伸びています。 ただ見た感じ前年に発生した子実体のようで、ストローマは萎びていました。 トゲアリが周囲の木の幹を歩いている光景も見られたので、近くに巣があると思われます。

■ 2022年07月02日 撮影

4年振り2回目の岡山遠征で前回と同じ場所で出会えました。 しかしまたしても未熟!しかも三脚ぶつけてストローマ1本折ると言うアホやらかしました。 本当は写真の下方向にもう1本出てたんですが、三脚の使い方が鈍っており・・・。 ただ未熟だったのは前回よりも状態が良かっただけにちょっと残念ですね。


■ 2022年07月02日 撮影

少し拡大してみました。本種を最大する際の最大の問題、それは風による枝の揺れです。 イトヒキミジンアリタケは木の幹かつ基部なのでよほどの強風でもない限り揺れません。 タイワンは淀んだ沢筋ですし、コブガタは風の無い静かな森の中。あまり揺れません。 ですがクビオレは風通しの良い開けた場所なのでアホみたいに揺れます。 この写真ももはやウチの機材では奇跡に近いレベルなんですよ。

■ 2022年07月02日 撮影

見上げていてもう1個体、成熟しそうな子実体がありました。 ただこれもどうも未熟な模様。それにこの場所は発生密度が低い気がします。 恐らく本拠地がどこか近くに居るんじゃないかと予想しています。

■ 2022年08月28日 撮影

しんや氏にフィールドを案内していただいた3日後、私はツクツクボウシタケのフィールドに居ました。 狙いは当然ツクツクボウシセミタケを探すことでしたが、もう1つ目的がありました。 実は何年も前にこの場所でトゲアリにギ酸をかけられ、目を傷めた経験があるのです。 そこで記憶を頼りにしんや氏に教わった「トゲアリの巣を探す作戦」を実行。 するとすぐに幹に沢山トゲアリが居るコナラの樹を発見・・・って居るし!

■ 2022年08月28日 撮影

しんや氏とのフィールドワーク中にも「この環境には覚えがある」と言っていました。 しかしまさかここまでピタッとハマるとは思いませんでした。 やはり他の方の探す視点を教えて頂くのは有効な手段ですね。 ただ全体的に未熟で、成熟個体は多分これ1個、それ以外は未成熟と老菌ばかりでした。 でもこの子実体もどうも去年の子実体の再成長っぽいですけど。

■ 2022年08月28日 撮影

アセビの枝に引っかかったコナラの花序を最期の地としたトゲアリです。器用だなキミ。 お陰で風でゆらゆら揺れまくって撮影が大変でしたけど。


■ 2022年08月28日 撮影

拡大してみると3方向にストローマを伸ばしている様子が良く分かります。 しかし今回見た感染個体は未熟なものがかなり多かったです。 この場所は森がやや深く、低地とは言え少し涼しいので、成長が遅れているのかも知れません。 その代わりと言っては何ですが、とても貴重な光景に出会えました。

■ 2022年08月28日 撮影

何とクビオレアリタケに感染した生きたトゲアリに遭遇したのです。 枝先でモゾモゾしているのが見えた瞬間大急ぎで三脚を立ててセッティングし録画しました。 以前タイワンアリタケに感染したチクシトゲアリで同様の状態を見ていますが、 今回のトゲアリはかなり暴れていて、必死にアゴを枝から離そうとしているのが伝わって来ました。 しかし自分の意志に反してアゴは枝から離れず、かなり苦労しているようです。

そしてこれには続きがあります。この後三脚を幹にぶつけた際にアゴが外れたのです。枝からですよ? しかしトゲアリは太い幹に戻らずにこの細い枝を上下に行ったり来たり。 そして頻繁に口の周りをグルーミングするのです。 恐らくかなりアゴに違和感があり、それを取り除こうとしているのでしょう。 ゾンビアントは脳を操っているワケではないと言う論文が発表されていましたが、コレを見る限り確かにその通りで、 実際には宿主そのものの持つ元々の生態を利用しているような気がしました。

■ 2022年08月28日 撮影

風で若干ブレていますが、この日見付けた未熟個体は定点観察することにしました。 これからの時期どう成長するのか見守りたいと思います。 この場所では他にも複数の冬虫夏草が見られるので、良いフィールドだと確信しました。

■ 2022年09月04日 撮影

どう言うワケかここまで地元発生地を観察して成熟個体が少ないんですよね。 感染初期のものばかりで大きな結実部が出来ているものが少ないんです。 辛うじてそれっぽいのは見付けました。今からがシーズンだとすると遅いような気も・・・。

■ 2022年09月04日 撮影

発生初期をの子実体を見ていて気付いたことがあります。本種はストローマを3本出すことが多いですね。 どうやって出ているのかと思ったら頸部からは1本しか出てなかったんですね。 その点ではタイワンアリタケやイトヒキミジンアリタケと同じだったとは・・・。 左右に伸びたストローマは胸部から出ていたんですね。

■ 2022年10月01日 撮影

とある非常に珍しい冬虫夏草が見付かったとのことで再度しんや氏のフィールドへお邪魔しました。 メインは激レアのエゾハナヤスリタケでしたが、本種の発生も印象に残りました。 他の気生型アリ生種でも見ていましたが、今回クビオレアリタケで墓場を目にしました。 と同時に明らかに感染個体が激増しており、これは地元のフィールドでも確認しております。 これで感染タイミング的に本種が越冬することも確信が持てました。

■ 2023年03月25日 撮影

年も変わって地元のフィールドを久々に訪れてみると、完全にパンデミック状態。 明らかに前回より増えてますね20個体以上は見たでしょうか? しかしまだストローマが動き始めている様子は無し。もう少し先のようです。

■ 2023年05月27日 撮影

5月も後半、気温も湿度も上がって「暑さ」と言うものを少し感じるようになりました。 そろそろ本種も動きがあるかな?と思って地元フィールドを訪れてみると、 明らかにストローマが伸びてるではありませんか!やっぱ越冬する性質なんですね。 しかも良く見ると結実部になるであろう部分に膨らみが・・・。 この宿主からは4本もストローマが伸びているので定点観察することにしました。


■ 2023年06月04日 撮影

それから1週間、この前見た段階で少し出来かけていましたが、 明らかに結実部が目立って来ました。順調順調!


■ 2023年06月24日 撮影

あれから約1ヶ月、また様子を見に行ってみると・・・結実部が大きくなってる! 前回訪問時がちょうど梅雨入りくらいだったので、6月半ばも過ぎて梅雨真っ只中。 気温に加えて気中湿度も増し、気生型冬虫夏草の成長最盛期ですもんね。 ただ結実部は若干未熟のようなので、もう少しだけ様子見することにしました。


■ 2023年07月08日 撮影

あれからさらに2週間。梅雨明け目前で再訪問してみると、これは完成と見て良いでしょう。 子嚢殻先端が突出した完熟状態のクビオレアリタケがそこにありました。 5月から定点観察してきただけにちょっと思い入れがあって採取できませんでした。 ちなみに撮影中は左にチラッと写っているクモがずっとクルクル回っていて可愛かったです。

■ 2023年06月24日 撮影

妙な侘び寂びを感じて思わず撮影してしまった1枚。 明確に「死」を感じる光景ではありますが、不思議と美しさを感じてしまいました。

■ 2023年06月24日 撮影

以前からこの角度で何度も撮影したのですが、ずっと未熟だったので撮っては破棄の繰り返し。 全子実体が成熟したのでやっとちゃんと撮影することができました。 トゲアリの巣の周辺どこもかしこもこんな状態なので、 今後起きるであろう事態を予想するのは難しいことではありませんね。南無南無。

■ 2023年07月08日 撮影

しんや氏を地元にお招きしての冬虫夏草オフにて途中でオマケに立ち寄りました。 その際にしんや氏が発見した面白い発生状況です。何とデス・グリップしていないんです。 「デス・グリップ」は冬虫夏草に感染したアリが枝などを噛んで離さないと言う異常行動。 基本的にアリ生種はこの異常行動を取るんですが、この宿主は珍しく噛んでいません。 恐らく顎を離したタイミングで絶命したのでしょう。意地でも噛まないと言う執念だったのでしょうか?

■ 2023年07月08日 撮影

この日は観察のみで終了。ただ地元産の標本は手元に置いておきたいと思っていました。 今回については胞子観察とかの目的は無く、単にトロフィー的な感じですかね? あとギ酸攻撃されたやり返し的な?


■ 2023年07月15日 撮影

まだ結実部が未熟だったので1週間後に再訪問。今度はしっかりと成熟していました。 とは言えそんなに数を採取する必要は無いので、成熟したものと未熟なものを1個体ずつ選びました。


■ 2023年07月15日 撮影

帰宅後に黒バック撮影してみました。気生型冬虫夏草はクリーニング不要で良いですね。 左の個体は成熟しており、右の個体は結実部形成初期の未熟個体。 ストローマの長さが結構違いますが、感覚的にストローマが長いと結実部が小さい傾向がある気がします。 使用できる栄養量に限りがあるので、ストローマの成長に力を多く使っているからでしょう。


■ 2023年07月15日 撮影

正面から黒バック撮影してみました。しっかりと枝をデス・グリップし、枝に抱き着いています。 この冬虫夏草にヤられた昆虫に良く見られるこの白濁した複眼が不謹慎ですが魅力的なんですよね。 ああ・・・もう中身は虫じゃないんだ・・・と実感させられます。


■ 2023年07月15日 撮影

子実体を拡大してみました。うーんやっぱり格好良い! 個人的には国内で見られる・・・いえ、世界中のアリ生種の中で一番好きな形状かも知れません。 気生型アリ生種はストローマ1本出すものと、不規則に複数本出すものばかり。 本種のように律儀に3本を規則的に出す種って意外と居ないんですよね。

■ 2023年12月09日 撮影

キノコシーズンも終わり、ぶっちゃけ冬の食菌や地下生菌くらいしか出ないシーズンオフ到来。 久し振りに見に行くと巣の周囲の枝に新規感染個体を発見しました。 巣はまだ移動していないようで、来年もまた発生が見られそうな予感。
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