■Pachyella clypeata (カバイロチャワンタケ)

■ 2019年10月20日 撮影

青fungi氏と一緒に訪れたブナ林帯。巨大なブナの倒木に発生していた見慣れない子嚢菌類。 最初はその形状からシトネタケの仲間かと思いましたが、明らかに時期が違います。 顕微鏡観察の結果、本種であると判断しました。 湿りの著しい広葉樹材に発生する小型のチャワンタケ「樺色茶椀茸」です。 類似種が多く、正確な同定には顕微鏡観察が最低基準となります。

よく似た和名としてカバイロサカズキタケが存在しますが、属も見た目も異なります。 すぐ隣の倒木に同属別種が発生していましたが、肉眼的な差異はごく僅かです。 家庭環境では顕微鏡を用いても決め手に欠けることもあります。


■ 2019年10月20日 撮影

樺色はディスプレイ的には「■ #cd5e3c」と表現されます。 ですが実際の子実体はもっと暗色。暗赤褐色と表現したほうがしっくり来ます。 ちなみにチョコッと混ざっている黄色い子嚢菌類は線虫捕食菌を有するOrbilia属菌ですね。


■ 2019年10月20日 撮影

子実体は「チャワンタケ」と言う和名のワリには初期から皿形、むしろ凸レンズ形です。 材に貼り付くように子嚢盤を展開し、材の形状に沿いながら広がります。 そのため子実層面にはシトネタケの仲間のような不規則なしわを生じるものが多いです。 種小名の「clypeata」はウツボカズラに同様の名を持つ種が居る通り「円楯状の保護物を持つ」の意味です。

実は採取時に不思議に思ったことがありました。 なぜか子嚢盤の裏側の腐植が落ちないのです。 まるで糊で貼り付いたかのように子嚢盤の裏側に朽ちて土のようになった材がべったり。 この謎は顕微鏡観察時に解かれることとなりました。


■ 2019年10月22日 撮影

帰宅後に水洗いして切片を作成したのですが、その時に初めて知りました。 本種の子嚢盤の裏側に著しい粘性があるのです。 しかもその粘膜らしきものを洗い落とそうとしても、何度水洗いしてもズルズルしています。 切断しづらいですが諦めて顕微鏡を覗くと、その謎が判明しました。 何と子嚢盤の裏側に今まで見たことの無い謎の構造があったのです!


■ 2019年10月22日 撮影

上側が子実層面ですが、その反対側、裏面に鞭状の細胞が柵のようにビッシリ並んでいるのです。 この部分はゼラチン質に包まれており、これが洗っても流れ落ちない粘性の正体でした。

ちなみに1つ上の写真と本属菌不明種No.001を比べると面白い違いが存在します。 茶椀形の子嚢盤を形成する同属菌と異なり、本種はこの鞭状細胞が子嚢盤の縁部を超えて子実層面のすぐ横まで発達しています。 このことからこの構造には明確に材に貼り付くと言う目的があると考えられます。


■ 2019年10月22日 撮影

裏側はじっくり観察することにして、まずは子実層面から。 全体的に色濃く見えますが、胞子が詰まった先端は特に濃く見えます。


■ 2019年10月22日 撮影

子実層面を更に拡大してみると、色濃く見えたのは子嚢だけではなく側糸も原因だったようです。 側糸先端に淡褐色の色素が内包されているのが良く分かります。


■ 2019年10月22日 撮影

観察しやすいように子嚢と側糸を切り出してみました。 子嚢は長いもので500μm。先端付近に8個の胞子を一直線に並べます。 側糸は糸状で先述の通りやや太くなった先端付近に色素を有します。 隔壁は普通に確認できますが、分岐は確認できません。


■ 2019年10月22日 撮影

子嚢胞子は楕円形で、未熟なものも混じっていますが、成熟したものでは大きいもので24μm前後。 内部に大きな油球を2つ含むのが普通です。まぁ胞子についてはもう1つ調べる必要がありましたが。


■ 2019年10月22日 撮影

では気になっていた裏面の構造をじっくり観察して行きます。 子嚢盤の細胞が急激に細くなり、そこから400μmほどの厚みまで伸びています。 藻類の侵入が見られることからも、この部分はこの細長い組織が集まった構造なのでしょう。 ゴミが付着している部分がこの構造の先端部分になります。


■ 2019年10月22日 撮影

この構造の起点となる、鞭状の細胞の始まりを探してみました。 するとみっちり詰まった子実体を形成する細胞が丸く数珠つなぎになり、そこから細胞が急激に細くなっていました。 この構造はカバイロチャワンタケ属の特徴でもあり、別種でも同様の構造が確認できます。


■ 2019年10月22日 撮影

メチャクチャ苦労した裏側の組織の切り出しです。 細胞が徐々に細くなり、鞭状になっている様子が良く分かります。 粘性があるので胞子がくっついてしまっているのも解説的にはプラスですね。


■ 2019年10月22日 撮影

そして本属の持つ大きな特徴の1つがメルツァー試薬での染まり方です。 本種は子嚢全体がアミロイド反応で青く染まり、特に子嚢上部が強く染色されます。 子嚢全体が染まる様子は若い頃じゃないと見づらいですが、先端部は成熟個体でもこの通りです。


■ 2019年10月22日 撮影

子嚢の先端付近を拡大してみました。側糸の色素には意外にも変化ナシ。 いつも頂孔や先端部だけが青く染まる光景を見ているので、これは新鮮です。


■ 2019年10月22日 撮影

意外にも裏面の鞭状細胞先端がメルツァー試薬で褐変しました。


■ 2019年10月24日 撮影

更に2日後。私はとある特徴を確認するために再度顕微鏡観察を行いました。 それは本種の子嚢胞子の表面が平滑であることを確認するためです。 これは同時に採取した同属別種が微細なイボを持つため、それと比較するためです。 コットンブルーを用いて表面を見やすくしてみます。


■ 2019年10月24日 撮影

最初はイボイボに見えましたが、これは内包物によってそう見えていただけだったようです。 どこにピントを合わせても表面は平滑で間違い無さそうです。 ここまで調べてやっと多分カバイロチャワンタケだろうと言えますね。キッツイわぁ。

食毒不明ですが、どう考えても食不適です。 理由を列挙するなら、小さい、土臭い(てか土が付着してる)、ネバつく、色も地味。 どう考えても食べようと思える要素が無さすぎます。 類似種も多いので顕微鏡観察の練習にするのが一番かと。

■ 2019年10月20日 撮影

同じ材に発生した別の個体群です。 やっぱこのシワの寄り方はシトネタケ系を思い浮かべちゃいますね。 とりあえず典型的な本種の情報はあまりネット上で見かけないので、しっかり掲載できたのは個人的に嬉しいです。
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