★Peziza ammophila (スナヤマチャワンタケ)

■ 2014年11月13日 撮影

ずっと出会いたくて出会いたくて、でも出会いに行けなかった念願のキノコ。 遠征で訪れた強風吹き荒ぶ海岸の砂丘にてやっと出会えた「砂山茶椀茸」。 その名の通りイネ科植物の生える浜辺の砂地にのみ発生する珍しい種です。 砂地ではハラタケ型や腹菌型の種は多いですが、子嚢菌類は少数派です。 そもそも有機物が少なく保水性の低い砂浜に生えてる時点で驚異的ですよ?

実は海外で「P. ammophila」とされている種の記載と、国内で見られる和名「スナヤマチャワンタケ」の特徴が微妙に一致しません。 側糸の形状に明確な違いがあり、国産のものはどちらかと言うと別種の「P. pseudoammophila」に近い部分があります。 ただ現状はこの学名にこの和名を当てるのがベストであるようです。


■ 2014年11月13日 撮影

子実体は普通ほとんど砂に埋まった状態で頂部の穴だけが見えています。 ただ風が強いと周囲の砂が吹け飛び、特徴的な茶椀型の姿が現れます。 そのため相当注意して歩かないとまず間違い無く見落としてしまいますね。 色は全体的に橙褐色。幼菌時は口が小さいため、球形をしています。


■ 2014年11月13日 撮影

掘り出してみると基部には砂に埋もれていた長い柄が確認できます。 砂を取ろうと指で擦っても全く落ちません。これ菌糸と絡み合ってるんです。 柄を折るとみずみずしい断面が現れます。ここに水を蓄えているのですね。

砂が付着しているので食えたもんじゃないですが、現状では食毒不明です。 味も情報皆無で分かりませんが、わざわざ食べるような事はしない方が無難。 と言うか寒い晩秋の浜辺で探すだけでもモチベが保てませんからね・・・。

■ 2014年11月13日 撮影

最初に見付けた大きな子実体。予想より大きく、これで直径8cmです。


■ 2014年11月13日 撮影

上から覗き込んでみました。内部も全体と同色で中央に向けてシワが有ります。 この内部が子嚢胞子を形成する部分。ここから胞子が飛んで行きます。 しかしこれだけの強風が吹き荒れる中、不思議と内部に砂が溜まっていない。 実はこれには秘密が有ります。それは本種の幼菌を見れば一目瞭然です。

■ 2014年11月13日 撮影

これを初見でキノコだと判断できる人はどれくらい居られるでしょうかね? 本種の幼菌はチャワンタケと言うよりホコリタケのような腹菌型です。


■ 2014年11月13日 撮影

覗いてみると中は真っ暗。この口の小ささこそが本種の頭の良い証拠です。 この状態から口の縁部が裂開するように大きく外側に広がって行くのです。 そのため周囲の砂が押し退けられ、結果内部に砂が溜まらないってワケ。 過酷な砂浜の環境に見事に適応した種ですね。生命の神秘を感じます。


■ 2014年11月30日 撮影

2週間後に再度訪れた時はちゃんと口が開いていました。可愛い♪

■ 2014年11月13日 撮影

コツが分かると簡単に見付けられます。砂地に開いた穴を探せばOKです。 胞子を飛ばし終わった老菌の内部には砂が溜まり、ただの凹みになってます。

■ 2014年11月13日 撮影

本日のベストショット。砂粒が強風で舞い上がる様子を写せた貴重な1枚です。 この日の風の強さは飛んできた砂粒が弾丸の如く身体に衝突する超大荒れ。 目も開けられず、顔中を服でガードして後ろ向きに進まねばなりませんでした。 撮影後は髪は塩でガチガチに固まり、鼻や耳の穴は砂粒だらけになりました。 でもこんな過酷な環境に生きる本種と出会えたのだから代償としては軽い?


■ 2014年11月13日 撮影

指摘されて気付いたけど、中にダンゴムシが避難してる。確かに安全だ。 しかし出れるのかなコレ。放っといても風で追い出されそうな気もするけど。

■ 2014年11月13日 撮影

初見時は使い慣れていないデジタル一眼レフと強風に悪戦苦闘しました。 なので快適な気候で再挑戦。今回はデジカメにも慣れて楽しい撮影でした。 こうしてみると子実体の外側は幼菌でもかなりひび割れているんですね。

■ 2014年11月13日 撮影

この日のベストショットかな?これくらいの開き方が一番美しいと思う。

■ 2014年11月13日 撮影

見付けた時は思わず笑ってしまった。口が小さすぎる!何これかわいい。 確かにこれだけ口が小さければ砂はほとんど入らない。頭良いですねぇ。

■ 2014年11月13日 撮影

口が大きく裂けた状態。最初の穴があれだけ小さければ当然こうなりますね。 この形状、凄い既視感が有るなと思ったらチューリップに似てるんですね。 少し前の雨で相当跳ねたハズですが、砂がほとんど入っていないのはお見事。


■ 2014年11月13日 撮影

かなりの子実体数が確認できたので今回も1株だけ引っこ抜いてみました。 やはり地下に砂と同化した太く短い柄が有ります。不釣り合いな大きさですね。

■ 2015年11月15日 撮影

どろんこさんとのオフ会にて捜索。しかし自生地が造成で壊滅し絶望。 しかしじっくり探すと別の場所に辛うじて生き残っていました。良かった・・・。


■ 2015年11月15日 撮影

幼菌が幾つか集まって発生していました。これ本当にキノコと思えませんね。 これだけ口がすぼまっていれば砂は内部に入りませんね。良いアイデアです。 毎度思うんですが、脳も無いのに何でこんな事を思い付くんでしょうね?

■ 2015年11月15日 撮影

かなり長時間探しましたが撮影できそうな成菌はコレだけでしたね。 計画では浜辺全体に工事は及ぶらしく、今後の発生が心配されます。


■ 2015年11月15日 撮影

雨の後だったためか内部に水が溜まっていました。食虫植物みたいですね。 これ恐らくですが蒸発よりもキノコ自身が吸収する方が速いんでしょうね。 水分が得にくい砂浜で湿り気を確保するためには椀形は都合が良いようです。

■ 2018年12月15日 撮影

馴染みの若手メンバーで忘年会を兼ねて久々の海岸へ。 今回は子嚢菌類スキーのアメジストの詐欺師氏が本種との出会いを切望していましたので、それが叶った形です。 探索開始後しばらく見付からずに若干絶望が漂いましたが、案内人の木下氏の下見は完璧でした。 アメさんは本種に集まるハエやダンゴムシ、甲虫などもターゲッティングしたかったようです。 確かに自分も以前ダンゴムシが中で休んでいるのを見てますしね。


■ 2018年12月15日 撮影

今回はちゃんと根本を観察。地下茎のような砂の塊が見えます。


■ 2018年12月15日 撮影

切断してみました。子嚢盤は肉厚で不規則にうねっています。 今回は子実層面や組織、基部の構造などを顕微鏡でしっかり観察したかったので標本を持ち帰ることにしました。 結果論ですが、上記の事情もあってしっかり観察できて良かったかも知れません。 ちなみに切断して初めて気付きましたが、アミガサタケのようなナッツ系の香ばしい香りがします。 不快感はなく「美味しそう」とヒトの脳が感じる臭気です。


■ 2018年12月16日 撮影

まず顕微鏡を覗いて驚いたのは全てにおいてビッグサイズと言うことです。 子嚢も大きいし子嚢胞子も大きいし、細胞組織も大きいし、何かもう迫力が違います。 子実層の直下がすぐに巨大な球状細胞になっており、大きいものでは100μmを超えるそうです。


■ 2018年12月16日 撮影

少し倍率を上げると整った子実層面が見えました。何でしょう、凄く美しいです。 子嚢も側糸も子嚢胞子も全てが綺麗に整っている、そんな感覚です。


■ 2018年12月16日 撮影

注目すべきはこの側糸です。本種の側糸は先端がマッチ棒のように膨らんでいます。 そして何よりも注目すべきは中央付近の数個の細胞が膨らんで数珠状になっている点です。 と言うのも、当初の「P. ammophila」の記述では側糸は「糸状」であるとされているためです。 しかしその後再検討され、現在はこれで合っていると考えて良いそうです。ややこしい!


■ 2018年12月16日 撮影

子嚢胞子は低倍率でもここまでクッキリ見えます。


■ 2018年12月16日 撮影

油浸対物レンズを用いて高倍率で撮影した本種の子嚢胞子です。 形状は楕円形で表面は平滑。やや厚壁で両端にわずかに微細な内包物が見られます。 大きさも16μm×10μmとかなり大型です。 細胞膜が厚いのは過酷な生育環境に適応したためかな? それにしても透明感があって美しい胞子です。


■ 2018年12月16日 撮影

メルツァー試薬で染めた子実層面です。広い範囲で青くなっていますね。


■ 2018年12月16日 撮影

拡大してみると少なくとも子嚢の先端部はアミロイドのようですね。 本種の子嚢には頂孔は存在せず、蓋があるので「頂孔アミロイド」ではありません。 また内包物が抜けた子嚢を見ると子嚢そのものも弱く青変しているようです。


■ 2018年12月16日 撮影

子嚢を単体で切り出してみました。偽アミロイドみたいに赤く染まっています。 ただこれ内包物が赤く染まっており、蓋が開いて中身が飛び出した子嚢は無色透明でした。


■ 2018年12月16日 撮影

今回観察したかったある意味本命はこの基部です。 一見すると砂の塊にしか見えない地下部ですが、形が崩れないのには理由があるハズ。 顕微鏡観察によってやっとその理由が理解できました。


■ 2018年12月16日 撮影

様々な色の砂粒の隙間には菌糸がビッシリ詰まっていました。 太さは10μm以下で隔壁を持ち、これが絡み合って砂粒を捕まえています。 指で触っても多少の粘りはあれどポロポロ崩れてしまうだであり、これは肉眼では分かりませんね。

■ 2018年12月15日 撮影

これはもう完全に落とし穴ですね。少なくともキノコには見えません。

■ 2018年12月15日 撮影

恐らくこの日のベストショット。椀の直径が10cmもある特大の子実体です。 正直本種は5cmくらいが一番綺麗に整った形状になってくれるんですが、この大きさは流石に見栄えが良いですね。 あまりにも口を大きく開けているのでガガンボ氏の持ってきたねんどろ魔理沙がスポッと入ってしまいました。


■ 2018年12月15日 撮影

中を覗いてみると子実層面が複雑にうねっています。 しかしこれだけ大きい口を開けているワリに内部に砂の堆積が少ないんですよね。 胞子飛散の邪魔にならないよう考えられた形状なのでしょう。進化とは凄いものです。
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