■Puccinia phragmitis (ヨシさび病菌)

■ 2020年05月30日 撮影

植物寄生菌類が大爆発した2020年。いつものフィールドで見慣れない光景を目にしました。 イタドリの葉にもう明らかに病斑だろって感じの病斑を発見しました。 あまりにも綺麗な配色が気になり調べてみると、何と海外の図鑑にも載っていました。 タデ科にさび胞子世代を形成しますが、国内では「ヨシさび病菌」が通っている模様。 その名の通りヨシツルヨシに夏胞子世代と冬胞子世代を形成します。

海外では主にタデ科のスイバに感染している写真を良く見かけます。 スイバなら日本にもあるんですが、不思議と感染しているのを見ませんね。系統が違うのかな? ちなみに種小名の「phragmitis」ですが、ヨシの属名が「Phragmites」の時点でお察しです。 ただ見た目的にはタデ科側の病徴のほうが見た目は魅力的だったりします。

本種のアナモルフとされている「Aecidium polygoni-cuspidati」ですが、ちょっと気になります。 さび胞子世代がテレオモルフなのですが、タデ科って「Polygonaceae」なんですよね。 てことはテレオモルフにアナモルフ側の宿主、アナモルフにテレオモルフ側の宿主の学名が含まれてることに。 どゆこと?


■ 2020年05月30日 撮影

今まで色んなプクキニア科の病斑を見て来ましたが、断言できます。一番美しいと思う。 非常にハッキリと色が分かれた独特な病斑だと思います。 真紅を取り巻く鮮黄色の縁取りで、ここまで綺麗に色が分かれると菌による病徴と思えません。


■ 2020年05月30日 撮影

少し症状が進行した古めの病斑です。中央の真紅の部分は健在ですが、黄色い部分が枯死しています。 本種が侵入した部位は役目を終えると枯死してしまうようです。


■ 2020年05月30日 撮影

本種が他のプクキニアと一線を画すのは恐らく様々な部位の色の違いではないかと思います。 裏返して見てビックリしましたよ。こんな色のさび胞子堆は見たことが無い! 大興奮でサンプルを採取し、帰宅後にじっくり調べました。


■ 2020年05月30日 撮影

帰宅後に黒バック撮影してみました。やはりこの配色は素晴らしいですね。 ナシ赤星病の場合は中心付近が黄色で周囲が赤くなりますが、本種はその真逆。 しかも病斑の縁部がボヤけずにクッキリと黄色い縁取りになるため病斑の美しさが引き立ちます。


■ 2020年05月30日 撮影

部位の色の違いはこんなところにも。 表面を拡大してみると受精が起きる精子器が粒状になって残っているのが分かります。 通常受精が起きた精子器は暗色の粒になって残っていることが多いですが、本種は何と半透明


■ 2020年05月30日 撮影

照明下でさび胞子堆を撮影してみました。う、美しい・・・!


■ 2020年05月30日 撮影

もうお分かりかと思いますが、本種のさび胞子堆は全体的に白いのです。 今まで見てきたプクキニア科のさび胞子世代は基本的に有色のものばかり。 護膜細胞は無色でも、さび胞子そのものが基本的に黄色〜オレンジ色ですからね。 中には護膜細胞まで黄色っぽいヤツが居ますし。


■ 2020年05月30日 撮影

本種の美しさの理由、分かったかも知れません。それは配色です。 さび胞子堆が白いだけではなく、葉が赤色なのが重要なのですね。 赤を下地として白い花が咲いたような見た目になるので美しいのです。 ただこの病斑のさび胞子堆はほとんど胞子が飛び切って穴が開いたようになっています。


■ 2020年05月30日 撮影

てことでまだ少し若い病徴部も観察することに。明らかに白いですね。 運搬時の衝撃でさび胞子が飛散していますが、やっぱり白いです。 またさび胞子堆が形成されるのは葉の赤い部分で、黄色い部分には形成されません。


■ 2020年05月30日 撮影

拡大開始です。あっこれはっ美しいッ。今までと全然違うッ! 冗談は置いといて、今回はしっかりとさび胞子も詰まっています。 「さび病」って名前自体が金属の錆を彷彿とさせるからこその名前ですよね? 夏胞子世代と冬胞子世代は確かに錆っぽいんですが、さび胞子世代が一番錆っぽくないなぁ。


■ 2020年05月30日 撮影

限界まで拡大してみました。裏側の葉の赤さは透けて薄っすら紅を差しているのが堪りません。 さび胞子堆は護膜細胞が筒状に並んだ構造で、肥大した感染部位に埋もれるように形成されます。 やがてそれが伸びて先端から裂けて花のように開き、内部のさび胞子が露出します。 多くのサビキンに共通の構造ですが、まるでのようで美しいです。


■ 2020年05月30日 撮影

さて、ここからがある意味本番。植物寄生菌類は顕微鏡観察が重要です。 ピンセットでさび胞子堆の表面をカリカリしてスライドガラスに落とし、水封して観察です。 まぁ何となく分かってましたけどマジで色が無いですね。


■ 2020年05月30日 撮影

さび胞子堆の筒状構造を形成している護膜細胞が綺麗に切り出せました。 護膜細胞は多角形が敷き詰められたようになっています。 やがて細胞同士の結合が弱まり、バラバラになることで花のように開きます。


■ 2020年05月30日 撮影

護膜細胞の表面は微細ないぼに覆われているようです。 この表面構造は種の同定に役立つそうですが、そもそも知識が無いので良く分かりません。 とりあえず「めっちゃキレイ」ってことだけは分かります。


■ 2020年05月30日 撮影

※オンマウスで変化します

さび胞子を油浸対物レンズで撮影してみました。 ここまで色素の少ないさび胞子は初めて見ましたね。 類球形でほぼ無色。内部に多くの油球を含んでいるのが分かります。 深度合成してみると、さび胞子に特有な表面の微細ないぼも見られます。 もう少し色素が多いと表面構造は見やすいんですが・・・苦労しました。


■ 2020年05月30日 撮影

て感じでした。実は発見した時は中間宿主がヨシであることを知りませんでした。 帰宅後に宿主から検索し、本種に辿り着いたのですが、流石にこれは放ってはおけません。 この後、リベンジに向かうこととなります。

植物寄生菌類ですので、当たり前ですけど食不適です。 食用となるイタドリへの被害は軽微、と言うか茎を食べるので葉はダメージを受けても特に問題ありません。 問題はヨシへの被害ですね。産業的にも価値があるので、弱られると困ります。 ただ日本だと色々用途があるヨシですが、海外ではどんなもんなんでしょ?

■ 2020年05月30日 撮影

感染初期の病斑です。まだ広がっている途中なのか黄色い部分が少ないです。


■ 2020年05月30日 撮影

裏返してみると裏も同じ色でさび胞子堆形成の前兆すら見られません。 運良く本当に本当の感染初期症状を見られたようです。 確かに病気っぽい見た目ですが、あまり穢が感じられないですね。

■ 2020年05月30日 撮影

少し症状が進行した病斑です。葉脈に沿って病徴が飛び火しているように見えます。 この頃になると周囲の黄色い縁取りが鮮明になって来ます。


■ 2020年05月30日 撮影

裏返してギョッとしました。うわ!キモい!これはストレートにキモいです。 と言うのも本種の本体である肥大した赤色の病徴部内に白いさび胞子堆が形成されています。 やがてこれが表面に現れてあの花のような形状になるのですが、初期段階ではこんな感じで埋もれているのです。 完全に皮膚の下に出来た水疱みたいな見た目です。集合体恐怖症の方はキツいでしょうね。

■ 2020年05月30日 撮影

より成熟した病斑です。綺麗な円を描いており、縁取りも相まってまるで模様のようです。 また赤黄緑の配色も本種が病気と思えぬほど綺麗だと感じる理由なのかも知れません。


■ 2020年05月30日 撮影

とは言え病気は病気。しっかりと病斑中央部が枯死して穴開きになっていまいした。 病徴部は正常な水分や栄養の巡りを阻害されるため、枯死しやすいようですね。 と言うか本種に限らず役目を終えた病徴部は基本的に枯れるようですし。

■ 2020年06月09日 撮影

数日経って再度訪れたのですが、少なくとも周囲にヨシは見当たりません。 しかし近くに川が流れていることに気付き、下りられる道も発見。 河原まで下りてみると・・・居た!ツルヨシだ! すぐ隣にイタドリも生えており、宿主交代の現場を目撃できました。

■ 2020年06月06日 撮影

ツルヨシの生えている場所から少し上がった岸に立派なイタドリを発見。葉が大きいです。 そこにもまた綺麗な病斑が。どうもこの場所ではあまり悪さはしないようです。 海外では葉の一面に病斑が出来ているスイバの写真が検索で良くヒットしますからね。


■ 2020年06月06日 撮影

この病斑の量だとあまり担子胞子は飛散しないのかな?病斑は多くありません。 イタドリは冬期は休眠していて感染できないはず。 となるとヨシに形成された冬胞子堆が越冬するのだと思われます。 ただ場所が河原なので水で流出して冬胞子堆があまり残らないのかも知れませんね。


■ 2020年06月06日 撮影

せっかくなのでさび胞子堆も撮影。やはり裏側からほんのり赤さが分かるのが良いですね。 ここからさらに日を空けてどんな変化が起こるかを待つことにしました。

■ 2020年06月20日 撮影

2週間が経ち、ついにヨシ側に変化が現れました。 ちなみに日本の代表的なヨシ属植物はヨシとツルヨシなのですが、どっちか分かんねぇ! ってことで調べました。葉の付け根の構造からツルヨシであると判断しました。 葉の巻き込みや葉舌の有無から多分合ってると思うんですけどね・・・。


■ 2020年06月20日 撮影

遠目に見ただけでは分かりませんでしたが、近寄ってみると葉の表面に病徴が確認できました。 オレンジ色の粉状の胞子、肥大しない病徴部、そして宿主が単子葉類・・・。 となるとパターン的に夏胞子世代っぽいですね。


■ 2020年06月20日 撮影

ココに来るまでに色んなPuccinia属菌を見てきたので、感覚で夏胞子世代だなって分かりますね。 この世代が過ぎると冬胞子世代になるなってのも予想できます。 まずは夏胞子世代をしっかり観察するために採取し、自宅にて黒バック撮影。


■ 2020年06月20日 撮影

夏胞子堆はヨシの葉の葉脈に沿って縦方向に長いのが特徴です。 薄い表皮の下に夏胞子が形成され、表皮が破れることで胞子が露出し、これが風で飛散します。 本種はムギ赤さび病菌の夏胞子堆のように葉の表に病徴が出現するのですね。 夏胞子はオレンジ色で、いかにも夏胞子だなって色合いです。


■ 2020年06月20日 撮影

では顕微鏡観察開始です。あっ、これ夏胞子だ。


■ 2020年06月20日 撮影

もう低倍率でも何となく分かりましたが、さらに細かく観察することに。 コレが本種の夏胞子です。合ってましたね。 夏胞子は卵形で内部にオレンジ色の内包物を含みます。 また表面に特徴的な構造があるのですが、それは後述します。 それよりも気になるのは透明なマラカスみたいなヤツです。


■ 2020年06月20日 撮影

上の写真で変化途中みたいなのが写っているのでお分かりでしょうが、これ夏胞子の形成途中です。 この先端の膨らんでいる部分が夏胞子に変化します。


■ 2020年06月20日 撮影

※オンマウスで変化します

夏胞子を通常ピントと深度合成で撮影してみました。 通常ピントでも何となく分かりますが、夏胞子の表面にはまばらなトゲが生えています。 この特徴は他のプクキニア属菌と共通のようですね。 下の胞子にはまだマラカスみたいな形状から変化した名残りが残っていますね。

■ 2020年07月11日 撮影

夏胞子堆観察から随分と時間が経ってしまいました。忙しかったんです。 でも症状の進行的にもこれくらい空けたほうが良いとは思っていました。 その予想は的中。無事冬胞子世代に出会えました。これで全世代制覇達成です!


■ 2020年07月11日 撮影

オレンジ色の夏胞子は見当たらず、葉が全体的に枯れたようになっています。 でも本当にただ枯れただけのような感じで、冬胞子堆は見当たりませ・・・ん? 何か部分的に暗褐色になっているような?


■ 2020年07月11日 撮影

採取した葉を帰宅後に黒バック撮影してみました。こうして見るとハッキリ分かりますね。 葉の表面に枯死ではない、明らかに膨らんだ部分が無数に見られます。


■ 2020年07月11日 撮影

マクロレンズに本気出してもらいました。これが本種の冬胞子堆です。 表皮を内側から破るように冬胞子が出現します。 この倍率だと胞子1個1個が見えるんですね。つぶつぶしています。 良く見ると左下に辛うじて派手な夏胞子が残っていますね。


■ 2020年07月11日 撮影

ヨシの葉は非常に硬くて新品のカミソリでも綺麗な切片を作ることができませんでした。 力不足です。ですがまぁまぁ薄く切れたので断面を低倍率で観察してみました。 すると葉の表面に明らかに冬胞子が並んでいるのが見えます。


■ 2020年07月11日 撮影

冬胞子は病徴部の中心付近から放射状に形成される感じですね。


■ 2020年07月11日 撮影

冬胞子堆をピンセットで軽くカリカリしてからスライドガラスに落として観察してみました。 特徴的な冬胞子の形状が見えて一安心です。 実はヨシには本種とは別に、同じPuccinia科のUromyces属菌が感染するんですよね。 似た感じの冬胞子堆を形成するのですが、この属の冬胞子は1胞子性です。


■ 2020年07月11日 撮影

Puccinia属菌らしい褐色で2胞子性の冬胞子で一安心。 海外の写真とは冬胞子堆の色が異なるので、もしかすると亜種変種品種あたりがあるのかも? 未熟な状態だと色が淡いですが、この頃からちゃんと2胞子性です。 基部に近い胞子からは長い組織が伸びて感染部中心と繋がっています。


■ 2020年07月11日 撮影

冬胞子は2胞子ともに似た形状で丸みがあり、2胞子の境界部に明確なくびれが存在します。 そして上の写真からすでに居ますが、夏胞子も残っていたのでツーショットにしておきました。 本種はさび胞子世代が非常に美しいと個人的に思っているので、来年もまた観察しに来ようっと。

■ 2021年05月22日 撮影

コロナ禍のせであまり遠征できない2021年。 地元の山くらいしか行くトコロが無いので、去年見た場所に見に行ってみました。 イタドリは地下茎で越冬し、翌年も同じ場所に出るので、この株はTOP写真と同一個体です。


■ 2021年05月22日 撮影

やっぱり本種の病斑はマジで綺麗だと思います。 このカラーリングは他のサビキンには無い感じで大好きです。 ナシ赤星病菌の赤さとはまた違う、ルビーレッドな色合いが堪りません。 あと葉脈部分に病徴部が被ると、葉の表面に白いさび胞子堆が出てきます。


■ 2021年05月22日 撮影

裏返してみると花のようなさび胞子堆が並んでいます。 本種は赤い病斑と白いさび胞子堆の紅白が美しさを感じさせるのでしょうね。
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