■Puccinia recondita (ムギ赤さび病菌)

■ 2020年06月06日 撮影

中間宿主の範囲が非常に広いようで、最初はセンニンソウに発生したさび胞子堆で掲載していました。 その名の通りムギ類に壊滅的な打撃を与えることで有名な植物寄生菌類「ムギ赤さび病菌」です。 厳密な和名が決まっていないようなので、本種を呼ぶ際に良く用いられる名称を採用しました。 代表的なムギのさび病には本種に加えて「黒さび病」「黄さび病」「小さび病」が存在します。 「黒」は植物体へのダメージが大きいため恐れられていますが、 「赤」は最もポピュラーと言う点で恐れられています。

Wheat leaf rust (麦の葉の錆)」の原因菌の1つです。 これは黒さび病が「Stem rust」と呼ばれるのと同様に、本種が主に葉を冒すためです。 世界各地で大流行し、時に壊滅的な被害をもたらしています。 プクキニア属らしく異種寄生性であり、2種類の植物間を行き来する宿主交代を行います。 本種の場合はムギ類とその他複数の植物種を行き来しますが、これが非常に多岐に渡るのが特徴。

ちなみに現在は「P. triticina」のシノニムと考えられている模様。 調べてみると日本国内ではもっぱら今回の掲載名が使用されています。 どうやらこれはいわゆる「広義」のようです。 なお、日本国内では「P. triticina」はカラマツソウ属を中間宿主とするとされています。


■ 2020年06月06日 撮影

「Wheat leaf rust」と呼ばれるだけあって、病徴はに集中して現れます。 本当に葉が錆びたかのような症状で「赤さび」の名に相応しい典型的なさび病の様相を呈します。


■ 2020年06月06日 撮影

宿主は護頴部分に毛が生えていることからイネ科エゾムギ属のアオカモジグサのようです。 本種の宿主として確認されている種ですね。 実は本種はずっとさび胞子世代しか見付けられておらず、悶々としていました。 しかし遂にムギ類への感染を確認することができ、やっと写真を差し替えることができました。


■ 2020年06月06日 撮影

初期症状としてはこのように葉の表にオレンジ色の膨らみが形成されます。 これが本種の夏胞子堆であり、この内部に夏胞子がギッシリ詰まっています。 やがて表皮が破れることで胞子が飛び散ります。 他種と同じなら夏胞子は同一宿主のムギに再感染するってことで良いのかな?


■ 2020年06月06日 撮影

帰宅後に黒バック撮影してみました。カッコイイです。


■ 2020年06月06日 撮影

少し拡大してみました。やっぱカッコイイです。 この葉の夏胞子堆はすでに表面が破れて中の夏胞子が露出しています。 葉の表面に飛び散っており、こうして感染が広がってゆくワケですね。


■ 2020年06月06日 撮影

高性能マクロレンズでギリギリまで拡大してみました。 ここまで拡大すれば胞子1粒1粒がしっかり見えます。 夏胞子はオレンジ色でつぶつぶしており、数の子みたいです。


■ 2020年06月06日 撮影

赤さび病菌の夏胞子です。やっと顕微鏡観察することができました。 本種は2018年頃から地元で何度も見てきたのですが、どれもセンニンソウ属植物のさび胞子世代ばかり。 本種がコムギに感染することを突き止めてからは野生のムギ類に結構気を配っていたつもりです。 それでもここまで見付からなかったのは、意外と野生では少ないってことでしょうかね?


■ 2020年06月06日 撮影

※オンマウスで変化します

夏胞子を胞子の中心にピントを合わせた状態(通常)と深度合成(オンマウス)で撮影してみました。 形状は比較的綺麗な球形で、中心付近にオレンジ色の内包物を含みます。 表面付近には透明な部分がありますが、これは胞子の状態によって差があります。 特徴的なのは胞子表面にまばらに生えた短いとげです。 他のサビキン目の夏胞子にも共通して見られる特徴で、多分宿主に引っかかりやすくしているんでしょうね。

植物寄生菌類ですし食わないで下さい、絶対に。 クレマチスは園芸価値がありますし、コムギに至っては重要な穀物です。 悪評的には黒さび病のほうが上ですが、本種も葉を冒し収量を減らす点では脅威には違いありません。 国と地域によっては不定期の大流行や季節性の流行を起こしています。 世界的に見ればかなり悪さをしている菌ですので、防除はしっかりしなくてはなりません。 ただ日本では薬剤が手に入るためか、大流行とかはあまり聞かないですね。

■ 2020年06月20日 撮影

6月6日の発見から1週間後に訪れた際はまだ夏胞子堆が古びた程度の変化でした。 しかしそこからさらに1週間後、劇的な変化が起きていました。 赤さびのようだったオレンジ色の夏胞子堆はほぼ消滅し、黒い病斑が見えます。 これ実は単に枯れただけじゃないんですよ。


■ 2020年06月20日 撮影

拡大してみると分かるのですが、そもそもこのテの植物は枯れて黒くはなりませんよね。 コレ実は赤さび病の冬胞子堆なんです。 どこが冬だと思われそうですが、これは学術的な呼び名なのでご容赦を。 とりあえずこれで本種の最後の形態が見られました。


■ 2020年06月20日 撮影

帰宅後に黒バック撮影してみました。本種は「Wheat leaf rust」呼ばれるだけあって葉を主に冒します。 事前に茎を主に冒す黒さび病の冬胞子堆を観察しているので、その生態の違いに驚きました。 オレンジ色の夏胞子堆が代表的な本種の症状ですが、その時期が終わると冬胞子世代に移行します。 ナシ赤星病菌におけるビャクシン側の病徴にあたります。 ちなみに灰褐色に枯れている部分は夏胞子堆の跡ですね。


■ 2020年06月20日 撮影

この黒い部分は単なる変色ではなく、周囲に比べて盛り上がっているのが分かりますか? これ葉の表皮の下に冬胞子が形成されて膨らんでいるのです。


■ 2020年06月20日 撮影

葉の断面を顕微鏡で低倍率撮影してみました。

そう言えば「黒さび病」はその名の通り暗色の冬胞子世代が病名の由来となっています。 しかし本種はオレンジ色の夏胞子世代が「赤さび病」として病名に採用されています。 海外では「Stem」と「Wheat leaf」で分かれていて分かりやすい気がします。 でも「Black rust」と「Brown rust」と似たような意味の別名も存在します。 つまり病気とされる世代が違うんですよね。 でもこれって結局肉眼的に一番インパクトのある症状が採用されてるだけなんでしょうね。 個人的には葉が黒くなる赤さび病の冬胞子堆も結構衝撃だったんですけど。


■ 2020年06月20日 撮影

こうして見ると冬胞子堆が形成されている場所が良く分かります。 冬胞子堆は表皮に覆われていて、成熟すると表皮が破れて冬胞子が露出します。 黒さび病は1週間で夏胞子世代から冬胞子世代に移行しましたが、本種の移行速度は半分以下の速度


■ 2020年06月20日 撮影

冬胞子堆を拡大してみました。冬胞子がズラリと並んでいます。 もう少し薄く切れれば良かったんですが、葉の繊維が強くて厚くなっちゃいますね。 薄く切らないとこんな感じに補正かけても黒くなっちゃうので。


■ 2020年06月20日 撮影

もう少し見やすい冬胞子堆を探してみました。 冬胞子の形状はこの写真でも分かりますが、詳しくは以下に載せますね。


■ 2020年06月20日 撮影

これが本種の冬胞子です。Puccinia属らしい2胞子性で一端が植物体に繋がっています。 また黒さび病菌と同様に先端が鈍頭のものが多く、凄いものだとカットされたように平らです。 そして写真で見ると発芽してるみたいですね。担子器が形成され、そこに担子胞子が形成されます。 流石にそこまでは追えませんでしたけど、担子胞子はキンポウゲ科の植物に感染し、さび胞子世代を作ります。


■ 2020年06月20日 撮影

並べてみて感じたのは形状の不揃いさ。 黒さび病菌の冬胞子はもう少し整った形状をしていた気がします。 これもしかして表皮下で潰されて変形してる・・・?


■ 2020年06月20日 撮影

油浸対物レンズでも観察してみました。細胞の中心付近にが見えます。 この観察をもってさび胞子世代、夏胞子世代、冬胞子世代の順で全世代制覇できました。 発芽して担子胞子を作る様子も見たいですが、生態的に越冬するっぽいので難しいかなぁ。

■ 2019年06月01日 撮影

旧TOP写真を飾っていたセンニンソウの植物体上に形成されたさび胞子世代です。


■ 2019年06月01日 撮影

実はクレマチスさび病菌の名で紹介されるもののほとんどが本種と言う誤情報の発生源です。 本来のクレマチスさび病菌は二針葉樹マツの葉上にさび胞子堆を形成する種です。 そのためさび胞子堆がセンニンソウ属植物体上に形成されることは絶対にありません。 海外では「Aecidium clematidis」の名で紹介されていることが多いですが、これは本種のシノニム(別名)です。 また「P. hordei-maritimi」が同様にセンニンソウ属に感染しますが、分布がフランス南部のみに限定されています。

ちなみに奥に見える葉裏のオレンジの小さい粒が本当のクレマチスさび病菌です。


■ 2019年06月01日 撮影

本種に感染した部位は肥大し、その表面に無数のさび胞子堆が形成されます。 この衝撃的な外見と、実際にサビキン目であることからクレマチスさび病菌と勘違いされるようですね。 実際に自分も論文読むまで完全に勘違いしてましたし。

■ 2018年06月13日 撮影

仕事中、センニンソウにさび病発見!ゴミ袋として使っていたコンビニの袋に入れて持ち帰りました。 これが最初の発見であり、顕微鏡観察によって多くの情報を知ることとなりました。


■ 2018年06月13日 撮影

この頃はまだあまり本種の生態が分かっていませんでしたが、これがさび胞子堆で合ってます。 クレマチスさび病菌のさび胞子堆は針葉樹に形成されると書かれていたので、センニンソウ属植物側で確認できて一安心。 実際にネットで検索してみると本種に苦しめられたガーデナーの皆様のブログが多数ヒットし、 そこには同じ病徴部がクレマチスさび病として掲載されていました。


■ 2018年06月13日 撮影

病徴部を拡大してみると、コップ形のさび胞子堆が沢山見られます。 この内部に見える鮮やかなオレンジ色の粉がさび胞子であり、これがムギ類に感染します。 てことは近くにムギが居るはず・・・だったんですけどね・・・。

■ 2019年05月19日 撮影

本物のクレマチスさび病菌に混じってかなりの感染部位が見られます。 この部分は植物体が肥大しており、虫えいと同じニュアンスで菌えいと呼ばれます。 本種はこの部位の枯死があまり起きないので、感染しても植物体はワリと元気です。


■ 2019年05月19日 撮影

感染部位を葉の表から観察してみると、凹んだ部分の中央付近に赤色の点が無数に見られます。 これは精子器と呼ばれる本種が受精を行う器官です。 ここで受精が起きて初めて葉の裏側にさび胞子堆が形成されます。


■ 2019年05月19日 撮影

その裏側がコチラ。肥大した感染部位に見事なさび胞子堆が形成されています。 これはまだ未熟ですが、成熟するとこれが盃状に開き、胞子を風で飛ばします。 この構造が長く伸びたのがナシ赤星病菌の銹子毛ですね。


■ 2019年05月19日 撮影

帰宅したら良い感じにさび胞子堆が開いて胞子を飛ばしていました。 これ集合体恐怖症の方にはキツいのかな?


■ 2019年05月19日 撮影

これが拡大したさび胞子堆です。個人的には個々が花のようで美しいと思ってるんですけどね。 周囲の反り返っている部分は護膜細胞と呼ばれる盃を形作っている部分です。 最初は筒状ですが、成熟するとこんな感じで反り返るように裂けます。 そしてその内部にミッチリ詰まっている鮮やかなオレンジ色の粉がさび胞子です。


■ 2019年05月19日 撮影

撮影技術の向上が伺える一枚ですね・・・さび胞子、凄い綺麗です。


■ 2019年05月19日 撮影

さび胞子は球形〜楕円形で黄色ですが、表面に透明な膜が存在します。 膜の表面は微細ないぼに覆われており、膜の厚みは胞子の成熟段階で異なるようです。 何となくですが目玉焼きが食べたくなりますね。 ただこのさび胞子は鮮度や水分量などでかなり雰囲気が変わるようです。 1つ前の写真で透明部分の大きさに差があるのが確認できると思います。

■ 2019年05月19日 撮影

葉柄に形成された感染部位とさび胞子堆です。 正直このサイトに掲載する作業を始めるまでは本種がクレマチスさび病菌だと思っていました。 やはりしっかりと生態を理解しないとダメですね。普段とジャンルが違うとは言え初心を忘れていました。

■ 2019年06月21日 撮影

冬虫夏草を探して訪れた別の場所で何か見たことがあるものを発見。 宿主が分かりませんでしたがオオバショウマと教えて頂きました。 発見段階でプクキニア属だと言うことは確信していましたが、種までは特定できず。 その後センニンソウに感染していたのが本種だと知った時に気付きました。 そう、センニンソウもオオバショウマも同じキンポウゲ科じゃん!


■ 2019年06月21日 撮影

時期的に最盛期から1月ほど経っており、ちょっと古いかも知れません。 上から見た感じはセンニンソウのそれとほぼ同じです。


■ 2019年06月22日 撮影

感染部位は黄変し肥大しています。表面の赤い点は精子器ですね。


■ 2019年06月21日 撮影

裏側はやはりさび胞子堆です。 ただやはり古かったようでほとんど盃状のさび胞子堆が崩れてしまっています。 一応幾つか綺麗そうな感染部位を採取して持ち帰りました。


■ 2019年06月22日 撮影

帰宅後に黒バック撮影してみました。 現地で撮影したものはどれも古かったですが、持ち帰ったものは大丈夫そうです。 ただかなりさび胞子が失われていますね。もう少し早く見付けたかったかな? にしても本種はプクキニアの中でもさび胞子堆の密度的に一番綺麗に見えるかもですね。 まるで小さな花が咲いたかのように見えます。病気ですけど。


■ 2019年06月22日 撮影

拡大してみると護膜細胞の1つ1つが見えていますね。 流石はCanon製の「MP-E65mm F2.8 1-5×マクロフォト」です。 護膜細胞は筒形に形成されウロコ状に並んでますが、やがてこのように裂けてさび胞子を露出します。


■ 2019年06月22日 撮影

護膜細胞とさび胞子を並べてみました。サイズ感はこんな感じです。 護膜細胞の並び方が整然としていて好きですね。


■ 2019年06月22日 撮影

護膜細胞だけを切り出してみました。多角形で表面は胞子同様に微細ないぼで覆われます。 それぞれが繋がっているようで、こんな感じで一塊になって脱落します。


■ 2019年06月22日 撮影

何か随分とさび胞子の見た目が以前見たものと違いますね・・・。 ただコレについては、持ち帰った翌日なので少し乾いてしまっのが原因かも知れません。 さび胞子は黄色で表面は膜に覆われ、その表面に微細ないぼがあります。 サイズも透明部分が薄くなっていますがほぼほぼ変わらず。宿主の科的にも同種と判断しました。

■ 2020年06月06日 撮影

2020年になってようやくムギへの感染が撮影できたのでちょっとオマケ。 サビキンを観察していると高確率で出くわすのがこの謎のハエ目の幼虫。 どうやら胞子をエサにしているようで、体内に赤い色素を蓄えています。 こんな病気ですら利用する生物が居るんですね。生態系って神秘的です。
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