■Tolypocladium jezoensis (エゾハナヤスリタケ)

■ 2022年10月01日 撮影

しんや氏から本種を発見したとの報告がTwitterに上がり、フィールドを案内して頂きました。 絶滅が危ぶまれる生物種を定めた環境省レッドリスト絶滅危惧U類(VU)に位置付けられる極めて貴重な種。 硬質の外皮を持つ黒いツチダンゴを宿主とする菌生冬虫夏草の「蝦夷花鑢茸」です。 和名も種小名も1928年の初発見地となった北海道を含める旧地名に由来します。 菌生冬虫夏草の中でも特に珍しいものの1つではないでしょうか?

「何だT類じゃないのか」とお思いの皆様、甘いです。 T類のラインナップを見ると存在そのものが怪しいもの、それ妥当?と言う希少性のものも混ざっています。 U類は「現実的に見付けられる中でのかなりの希少菌」と言えます。 なおヒメタンポタケは本種の幼菌と疑われており、実際私も観察していて感じました。


■ 2022年10月01日 撮影

まず初見の感想は「でけぇ!」でした。地上部の長さが何と驚異の7cm! 大型のハナヤスリタケの子実体を超えるサイズです。 宿主が小型のツチダンゴだと言うことは知っているので驚愕しましたよ。 なお色は図鑑ではかなり暗オリーブ色ですが、このフィールドでは鮮やかなオリーブ色でした。 恐らく老成と日照によって黒くなるのは本属菌共通の特徴のようです。 と言うかこの段階でその形状と色に一目惚れ!一気に大好きな冬虫夏草になってしまいました。


■ 2022年10月01日 撮影

本種は地下部が極悪と聞いていたので、正直断面作成の成功には期待していませんでした。 しかし奇跡的に土が崩れず、綺麗な断面を作成することができました!やったー! 本種の地下部は白色菌糸状で極めてギロチン率が高いです。 また菌糸も軟質のため、難易度的にはウメムラセミタケと同等と言う体感です。


■ 2022年10月01日 撮影

胞子採取に成功したのでクリーニングしたものを黒バック撮影です。 本種の地下部がいかに複雑な構造をしているかが良く分かると思います。 地下部は菌糸状で分岐と癒着を繰り返しており、掘り取りの大きな障害となります。 そして子実体が大きかった理由も判明。2個の宿主から栄養を奪っていたんですね。


■ 2022年10月01日 撮影

子実体は図鑑ではタンポ型と書かれていますが、個人的には結実部が長いハナヤスリ型に見えます。 ですが結実部と柄の境界はハナヤスリタケよりはハッキリしており、伸びたタンポ型なのでしょう。 これについては胞子の形状からもそう言えそうです。 また個人的に気になったのは基部の白さ。野外でもこれについては気付いていました。


■ 2022年10月01日 撮影

結実部を拡大してみました。確かにハナヤスリタケ系にしては結実部がしっかりしすぎている感があります。 子嚢殻は先端がやや突出し、細かな点となって結実部表面に現れます。 あまり今まで見たことの無い形状と色なのでワクワクします。にしても良い色!


■ 2022年10月01日 撮影

宿主は硬質の外皮を持つ黒いツチダンゴ。恐らく「Elaphomyces anthracinus」であると考えられています。 このツチダンゴは黒色胞子を持つ種であり、 アマミカイキタンポタケや赤トリポが肌色胞子の黒いツチダンゴから出るので何か新鮮な感じです。 にしてもこの菌糸・・・一体どうやって感染したんでしょうね?


■ 2022年10月01日 撮影

トリポは成熟さえしていれば子嚢胞子の観察は比較的容易。 自然落下の綺麗な子嚢胞子が観察できたので並べてみました。 子嚢胞子は糸状で長さは大体400〜450μmの範囲です。 文献だと430μmが最大とされているのですが、まぁこれくらいなら誤差範囲かな?


■ 2022年10月01日 撮影

油浸対物レンズで撮影したものを画像結合し高解像度の写真を作成しました。 16個の二次胞子に分裂し、両端の細胞は弾丸型になります。 ハナヤスリタケ系の二次胞子は非常に細かいので、胞子的にもタンポタケ系に似ています。 また本種の特徴として、一部の二次胞子が再分裂すると言うものがあります。 頻度は低いようですが、一番左の子嚢胞子の下から2番目の二次胞子が再分裂していますね。


■ 2022年10月01日 撮影

二次胞子を油浸対物レンズで拡大。両端の細胞は一端が先細った弾丸型になります。 この二次胞子の形状はタンポタケのそれにソックリです。 和名にハナヤスリタケとあるので紛らわしいですが、本来はタンポタケ系なのでしょう。

珍しすぎて食毒とか考えるのすら憚られるレベルですが、一応食毒不明で良いでしょう。 属的に猛毒は無さそうですし、あっても微毒か食用価値無しくらいだと思います。 ただ本種は前述の通りレッドリスト記載種のため標本を持っておきたい博物館もあると思います。 もし見付けたら近隣の研究機関に連絡してみては如何でしょうか? なおこの日採取された標本も無事博物館へ収蔵されましたよー。

■ 2022年10月01日 撮影

発生環境はこんな感じ。ブナ科広葉樹の樹下、特に斜面を好みます。 これは黒いツチダンゴから発生するもの共通ですが、根が這い回るような斜面が狙い目です。 どちらかと言うと宿主側の環境の好みだとは思いますが。

■ 2022年10月01日 撮影

しんや氏に案内して頂いたのはTOP写真の場所でしたが、掘ろうと思ったら道具を忘れた! 車に戻るのは大変なのですが背に腹は代えられぬと言うことで頑張って戻ることに。 しかし怪我の功名と言いますか、戻る途中に新発生を発見!しかも発生数も凄い!


■ 2022年10月01日 撮影

左の材から出てるのは多分ヒダナシタケ型のキノコですね。 今まで見て来た子実体を見て気付いたのが基部の白さです。 菌糸が縦方向に走っているためか、まるでシルクのような光沢があると言いますか、 ただ白いだけ以上に白さが目に付くのです。

■ 2022年10月01日 撮影

アクロバティックと言いますか、ロボットアニメで誘導ミサイル撃った時みたいになってました。 上にシダが乗っていたためですが、この子実体が恐らく最も大きかったと思います。 このサイズだとやっぱり複数の宿主から栄養を取っているのでしょうね。 これも基部の白さが目立ちますね。実際にはもっと全体が黒くなるとのことですが、個人的にはこの色が好き!

■ 2022年10月01日 撮影

発生状況はこんな感じでウジャウジャ出てました。 最初はミヤマタンポタケの関西型だと思って大声でしんや氏をお呼びしたんですが、すぐに本種だと気付きました。 環境的にはまだ出ている場所はありそうです。またお邪魔して探したいな。

■ 2023年10月01日 撮影

奇しくも再訪問が昨年と同日でした。多分狙ってたワケではないんですけど。 再度しんや氏のフィールドへ青fungi氏とお邪魔した際にまた出会うことができました。 昨年より若干数は減りましたが、安定の発生量でした。

■ 2023年10月01日 撮影

斜面が好きなようで、これは宿主のツチダンゴの性質に引っ張られてるんでしょうね。 昨年の初見時も思ったんですが、明らかに基部が白いんですよね。 でもただ白いと言うよりは絹嬢光沢があると言うか透明感があると言うか・・・。 菌生冬虫夏草ってもっと菌糸が密な印象があるので、この質感は結構異質なんですよね。

■ 2023年10月01日 撮影

絶滅危惧種が安定して発生するってのは本当に羨ましいフィールドですね。 この日は秋めいて冬虫夏草的にはシーズンオフだとは思ったんですが、 カメムシタケ、ガヤドリナガミノツブタケ、ホソエノコベニムシタケなど、 ワリと冬虫夏草は見られました。
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