■Cocoonihabitus sp. (コクーニハビツス属 No.001)

■ 2023年06月10日 撮影

TwitterでMikoskop氏がツイートしたことでその存在が界隈に一気に拡散。 それを境に一気に発見報告が上がり始めたと言う面白い経緯があります。 私も個人的理由で出会いたいと思っており、しんや氏に案内をお願いしました。 クスサンやヤママユなどのヤママユガ科のガの繭に発生する冬虫夏草の仲間です。 昆虫の生体ではなく生産物を宿主とする珍しい生態を持ちます。 沖縄から本州までの広範囲で分布が確認されており、かなり一般的な種である可能性があります。

海外から「Cocoonihabitus sinensis」の学名で報告されている種と同種の可能性があります。 と言うか限りなく同種である可能性が高いですが、現状では未記載種として掲載することにします。

また本種に似た種としてクモの卵嚢に発生するランノウアカツブタケが存在します。 現在はTorrubiella属止まりですが、今回の観察結果から本種と同属菌であり、 クモの卵嚢に使用した糸そのものを栄養源としている可能性が高まりました。


■ 2023年06月10日 撮影

しんや氏に案内をお願いしたのには理由があります。 実は氏に以前案内して頂いたフィールドの公園には大きなトチノキがあり、 そこにクスサンが大量に居るのです。 そしてその樹下には大量のクスサンの繭、通称「スカシダワラ」が落ちており、 以前案内して頂いた際も公園を訪れた子供達が遊びでかき集めたものが捨ててあったのです。 つまり本種の発生に最適な環境!


■ 2023年06月10日 撮影

すでにしんや氏が事前に見付けていたこともあり、この日もアッサリ発見。 と言うか発生していない繭が無いと言うレベルで見付かりました。 逆に発生していない繭を探すのが難しいレベルです。


■ 2023年06月10日 撮影

マクロ撮影するとこの通り、繭の糸から子嚢殻が直接出ているのが分かります。 凄い既視感・・・そう、クモの卵嚢に使われる糸から出るランノウアカツブタケそっくりです。


■ 2023年06月10日 撮影

しんや氏に許可をいただき、検鏡等に使用するために繭を数個持ち帰らせていただくことに。 一応子嚢殻の数が多そうなものを選りすぐってみました。


■ 2023年06月10日 撮影

目が慣れて来るとこんな感じでルーペを使わずとも本種の存在が視認できるようになります。 本種が発生している繭はどれも透明感が無くなって白濁した古い繭ばかりで、 肉眼的にもオレンジ色っぽい部位が確認できます。


■ 2023年06月10日 撮影

拡大するとこんな感じでおびただしい数の子嚢殻が確認できます。 どうやら本種はその存在が認知されるまでスルーされていたみたいです。 実際に「スカシダワラ」で画像検索すると、 蛾屋さんの投稿などに本種が写り込んでいる繭の写真が散見されました。 典型的な「知っていると見付けられる系」の冬虫夏草ですね。


■ 2023年06月10日 撮影

帰宅後に黒バック撮影してみました。クリーニング不要なのは助かりますね。 ただこの状態だとマジで何が何だか分かりません。


■ 2023年06月10日 撮影

繭を1つ拡大してみました。クスサンはヤママユガ科の大型の鱗翅目で、 作り出される繭はこのように網目状のことから「透かし俵 (スカシダワラ)」と呼ばれます。 向こうが透けて見えるので黒バック撮影が地味に難しかったです。


■ 2023年06月10日 撮影

表面を拡大してみるとこんな感じ。大量のオンレジ色の裸生子嚢殻が見られます。 これが本種の「本体」。一般的な冬虫夏草のような明確な子実体を欠くだけではなく、 Torrubiella型のような子座すら無いのでこんな光景になります。 にしても芸術的な編み方ですね。どうやってこんなに綺麗に糸を編めるんだろう?


■ 2023年06月10日 撮影

さらに拡大してみました。裸生子嚢殻好きとしては垂涎モノの光景ですよ。 しかしその子嚢殻が発生しているのが昆虫の死骸でも子実体でもないと言う不思議。 本当に今までの冬虫夏草の概念を覆すかのような冬虫夏草です。 まぁ「冬虫夏草」と呼んで良いかもちょっと怪しいトコロではありますが。


■ 2023年06月10日 撮影

ここからは顕微鏡観察です。時間がかかって日を跨いだせいで日付が若干前後しています。 まずはその特徴的な子嚢殻を低倍率撮影してみました。 これを見た第一印象は「ランノウアカツブタケに似てるなぁ」でした。


■ 2023年06月10日 撮影

子嚢殻はオレンジ色でやや丸みのある楕円形。高さは200μm前後でしょうか。 このサイズ感もランノウアカツブタケとほぼ同じです。 この内部の子嚢が透けて見えてる感じ・・・良いですよね! ただ個人的に気になったのは子嚢殻表面の特徴です。


■ 2023年06月11日 撮影

私が注目したのはコレ。子嚢殻表面に泡状の付着物が存在するのです。 これは他の冬虫夏草の裸生子嚢殻を見ても全然見られないものなんですよね、 私の知る限り1種類を除いて。そう、ランノウアカツブタケです。 ランノウアカツブタケの子嚢殻にも同様の付着物が確認できるのです。 おやおや、これはひょっとして・・・?


■ 2023年06月11日 撮影

子嚢を綺麗に切り出せたので撮影です。長い者で130μmくらいでしょうか? 注目すべきは子嚢の先端に肥厚部が存在することです。


■ 2023年06月11日 撮影

ランノウアカツブタケの際はかなり苦労した胞子観察ですが、本種の場合はアッサリ成功。 まぁこれだけ子嚢殻が多ければ良い感じに胞子を拭きそうなものもそれなりの数ありそうですし。 当然ながら糸状ですが、かなり子嚢胞子が短いので倍率を上げて撮影してみます。


■ 2023年06月11日 撮影

油浸対物レンズで撮影した子嚢胞子です。糸状で16個の二次胞子に分裂します。 両端の細胞は弾丸型になり、いかにも冬虫夏草って感じの胞子ですね。 この胞子の形状、そして肥厚部を持つ子嚢、 この2点からも本種が冬虫夏草として進化した種であると考えて良さそうです。 ただこの胞子、刺激で早めに吹いてしまった感があります。 長さは110μm前後ですが、もう一度自然放出を試したほうが良いかも知れません。


■ 2023年06月11日 撮影

上の子嚢胞子がちょっと未熟だと思った理由は二次胞子が長かったためです。 別に見付けたすでに分裂後の二次胞子を見ると、明らかに未分裂のものより長いんですよね。 これは要再観察ですが、気付いたのは凍結乾燥後・・・標本無くなっちゃいました。


■ 2023年06月10日 撮影

あと気になったのはコチラ。子嚢殻先端に白い何かが乗っています。 これ古くなった冬虫夏草の子嚢殻に良く見られますよね。


■ 2023年06月11日 撮影

試しに先端が白くなっている子嚢殻を顕微鏡観察してみました。 すると白い塊は小さな楕円形の細胞の塊。ってこれもしかして分生子か? 子嚢殻の状態的に古くなっているとも思えませんし、可能性はあるかも知れませんね。 「C. sinensis」の論文では「アナモルフは未確認」とありましたし。

本種としては子嚢殻部分と糸内部に侵入した菌糸だけなので、当然ですが食不適です。 言ってしまえば「腐った繭」なので、そもそも食べようと言う発想を抱くものではありませんね。 本種は沖縄本島から本州のやや高緯度の地域まで、かなり広い分布を持つことが予想されます。 もし高緯度地域で見付かれば北限更新になるかも知れません。ぜひ探してみてください。

■ 2023年06月10日 撮影

落ちた場所にあった草が成長したことで草体が貫通したまま持ち上がってしまった繭です。 これにもしっかり子嚢殻が確認できます。地面に落ちていなくても気中湿度と降雨で成長できるのですね。

■ 2023年06月10日 撮影

私が本種を調べたかった理由、それは本種の宿主が明らかに生体ではないからです。 実は私は以前からランノウアカツブタケが好きで、良く観察していました。 そして必ず古くなったクモの卵嚢から発生することから、 昆虫の生産物の免疫物質が低下したものを栄養源とする種ではないかと考えていました。 しかし殺生菌に分類される冬虫夏草が古くなった有機物を栄養源として利用する、 つまり腐生菌的な振る舞いをすると言うのは従来の冬虫夏草の概念からは逸脱しており、 そのため糸ではなく卵嚢内の卵などが本当の宿主ではないかと言う説が有力でした。 しかし卵嚢を分解しても宿主らしいものは出て来ず、メカニズムは謎でした。

しかし本種の存在を知った時、私は衝撃を受けたのです。 なぜなら本種はガの繭なので確実に中に宿主が居ないのです。 となれば必然的に糸そのものが宿主であると断言できます。 さらにそれを裏付けるようにTwitterにて中の宿主が生きた状態での発生が報告されたのです。 以前から私が感じていた仮説が裏付けられたのは本当に嬉しかったですね。

ただ本種を「冬虫夏草」として扱って良いかと言う議論も当然あります。 ただ私は顕微鏡観察結果から確実に冬虫夏草か冬虫夏草に起源を持つ菌類であると確信しています。 サンチュウムシタケモドキが冬虫夏草ならば、本種を冬虫夏草と呼んでも違和感は無いですね。 力ずくで免疫を突破して宿主を殺さずとも、自然と免疫物質が消失するのを待てば良い、 そんな怠け者な進化をした種があっても不思議ではないと思います。

■ 2023年06月10日 撮影

しんや氏のフィールドで面白いものを案内して頂きました。 同じく本種と思しき発生ですが、宿主がシンジュサンの繭でクスサンとは違うのです。 本種はヤママユガ科の繭から出るとされているので、シンジュサンも可能性ありますし。


■ 2023年06月10日 撮影

張り付いていた葉が消失していますが、確かにこの薄っぺらい感じは確かにシンジュサンの繭ですね。 遠くからも分かるほどにオレンジ色に色付いていました。


■ 2023年06月10日 撮影

拡大してみると、直前にクスサンの繭に発生したものに比べると赤みが強い気がします。 ただこの場所はかなり乾燥しているので、乾いて濃色になったものと思われます。 この時しんや氏は「繭の内側には子嚢殻はあるのかな?」と気にされていましたが、 その謎はしばらくして解けることとなります。

■ 2023年06月24日 撮影

初対面から2週間後、地元フィールドを散策中に発見! ツクツクボウシタケやキマワリアラゲツトノミタケが多く見られるツブラジイの森です。 この場所ではヤママユの繭が良く落ちており、以前から居るんじゃないかと睨んでいました。


■ 2023年06月24日 撮影

遠目に見ても居ると分かるくらいに繭がオレンジ色! ただちょっと子嚢殻が古いようです。一応持ち帰って胞子採取に挑戦します。


■ 2023年06月24日 撮影

帰宅後に黒バック撮影しました。若干緑色っぽさが残っており、ヤママユの繭「天蚕」のようです。 同じような緑色の繭をウスタビガが作りますが、繭の形状が明らかに異なりますね。 これでクスサン、シンジュサン、ヤママユと3種類のヤママユガ科の繭で見られたことになります。 不思議とそれ以外の科の繭からは見付かっていないらしく、何かしらの宿主特異性がありそうです。


■ 2023年06月24日 撮影

上から見た時は子嚢殻が古いと思っていましたが、凹んだ裏側に新鮮な子嚢殻が残っていました。 本種は透明感があって潰れていない子嚢殻じゃないと胞子の自然放出はまず成功しません。 これなら行けるかも知れないと言うことでセッティングして待つことに・・・。


■ 2023年06月25日 撮影

翌日、スライドガラスに胞子が落ちているのが見えてガッツポーズ! 油浸対物レンズで撮影してみました。糸状で16個の二次胞子に分裂するのは以前見たのと同じ。 しかし今回はしっかり成熟した状態で放出されたのか、前より長いですね。 二次胞子の長さ的にこれが本来の長さで良いでしょう。となると120μm前後ですね。

ランノウアカツブタケの胞子の長さが140μm前後で二次胞子も長いのでやはり別種でしょうか? 確かにしんや氏のフィールドでは本種はバンバン出るのに、 クモの卵嚢はあるにも関わらずランノウアカツブタケは出ないそうです。

■ 2023年07月01日 撮影

青fungi氏と共に再度しんや氏のフィールドを訪れました。 最初に見た時から1ヶ月近く経っているためか、子嚢殻が古くなっているものが目立ちました。


■ 2023年07月01日 撮影

本種の子嚢殻は老成すると退色して淡褐色になってしまいます。 この日は結構じっくり探して何とかオレンジ色を保っている繭を幾つか選びました。 ランノウアカツブタケは1年中見られますが、本種はワリと季節感があるのでしょうか?

■ 2023年07月08日 撮影

さらに1週間後。今度はしんや氏を地元にお迎えしてのハマキムシイトハリタケオフを開催。 目的地の手前で立ち寄ったフィールドで非常に状態の良い発生に出会えました。


■ 2023年07月08日 撮影

今回もヤママユの繭ですね。しかも以前見付けたものよりも新しいのか、糸に緑色が残っています。 最初は「そんなに子嚢殻が出来てないな〜」と思っていましたが、裏返すとビックリ仰天!


■ 2023年07月08日 撮影

ひっくり返すと繭の裏側に子嚢殻がビッシリ形成されていました。 やはり水分量が多い場所が好きなのは菌類共通と言うことなのでしょうか。 この子嚢殻密度と発生範囲は見栄えがするので、見慣れていたしんや氏も撮影。


■ 2023年07月08日 撮影

マクロ撮影してみると子嚢殻の鮮度も申し分無い感じでした。 持ち帰りたいくらい素晴らしい発生状態でしたが、胞子観察ももう終わっていますし、 何か状態が良すぎて近寄りがたかったのでそのまま置いて行くことにしました。 不殺の冬虫夏草よ、絶えずに代を重ねるためにも胞子を撒き散らしておくれ〜♪

■ 2023年07月08日 撮影

破れたヤママユの繭に発生しているのを確認。ここでとあることを試してみることに。 それは以前フィールドでしんや氏が口にしていた疑問です。


■ 2023年07月08日 撮影

その疑問は「繭の内部にも子嚢殻は出来るのか」と言うこと。 確認するために繭を破いてみると・・・中はキレイなもの、子嚢殻は全くありません。 中のサナギは抜けた後ですし、やはり本種は繭内部の生体ではなく、外部の繭を狙っているみたいですね。 短期間で一気に本種について調べることになりましたが、本当に色々なことが分かりましたよ。

■ 2023年10月08日 撮影

3ヶ月ほどが経過し、秋めいてきた10月初旬。まだ居ました。 ただ明らかに子嚢殻が古くなっているので、夏に発生したものの残骸かも知れません。 ただ子嚢殻は頑丈なので意外と長い間残ってるみたいですね。
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