■Gymnosporangium sp. (ギムノスポランギウム属 No.001)

■ 2020年06月13日 撮影

以前から冬胞子堆だけを見付けていましたが、ナシ連樹木の宿主がずっと発見できていませんでした。 春にカイヅカイブキなどのビャクシン類に発生するギムノスポランギウム属菌です。 2019年の初遭遇以降、何度もここを訪れて宿主を探しましたが空振り続き。 しかしビャクシン側の病徴的に相当近距離にセカンダリホストが居ると踏んでいました。 その予感は的中!鬱蒼とした森の中、距離10mほどの場所にヤマナシの木がありました。

国内で有名な本属菌と言えば何と言ってもナシ赤星病菌でしょう。 ナシとビャクシン類を行き来する性質を持つナシの重要な病害菌として知られています。 今回見付かった本種は生態的に間違い無く同属菌なのですが、冬胞子堆や胞子の形状、さび胞子堆までもが異なります。 日本国内には本属菌は複数存在しますが、情報が少なすぎる・・・種小名まで落とせません。 ただナシ側の病徴が既知種とかなり異なっており、未知の種かも?

病斑が赤くならないことから「G. globosum」かな?とも考えましたが、セカンダリホストが違いますね。 あれはサンザシに出るハズなので。


■ 2020年06月13日 撮影

ヤマナシの木を発見したのは5月末。その段階ではまだ感染初期の黄色い斑点でした。 そこから毎週定点観察を続け、2週間後にとうとう立派な病徴が仕上がりました。 特徴的なのはその病斑の色です。


■ 2020年06月13日 撮影

ナシ赤星病と言えば赤い縁取りのある黄色い病斑が特徴で、その名の通り「赤」がチャームポイント。 しかし本種は原種とは言え同じナシなのに真っ黄色で赤い部分が見当たりません。 赤星病は見慣れているだけに違和感が凄まじいです。


■ 2020年06月13日 撮影

裏側には発見時には見られなかった本属菌特有の銹子毛(さび胞子堆)が形成され始めています。 しかしここは比較的高地で普段から風が強く、葉が揺さぶられたためか銹子毛が壊れてしまったようです。 なので追培養目的で葉を持ち帰り、水に挿して窓辺に置いておくことにしました。


■ 2020年06月13日 撮影

帰宅後に室内で撮影した葉の表面の病斑です。やはり黄色いですね。 ナシ赤星病の病斑は周囲が赤く中心が黄色いのですが。本種はむしろ中心分のほうがオレンジです。 この病斑の色の違いは栽培品種と原種の違いなんでしょうかね? 原種だろうと色素はあるでしょうし赤くなりそうな気もしますが・・・。


■ 2020年06月13日 撮影

室内でマクロ撮影してみました。やはり銹子毛先端が折れているようですね。


■ 2020年06月13日 撮影

ですが銹子毛が折れたお陰で簡単に胞子観察ができました。 葉っぱを指でデコピンするとスライドガラスに胞子がパラパラ降ってきました。 大きさが不揃いなのは未熟な胞子が混ざってるからかな?


■ 2020年06月13日 撮影

これが本種のさび胞子です。 この胞子が風で運ばれてビャクシン類に感染、翌年春に冬胞子堆を形成します。 大きさはナシ赤星病菌のそれとほぼ同じですが、若干色が淡いように感じました。 これは肉眼でも同じです。


■ 2020年06月13日 撮影

※オンマウスで変化します

成熟したさび胞子を通常ピントと深度合成(オンマウス)で撮影してみました。 大きいもので直径22μmほどで、ナシ赤星病菌とほぼ同じなのを鑑みるに、これが本来の大きさでしょう。 胞子の中心にピントを合わせると厚膜、深度合成すると胞子表面が小疣に覆われていることが分かります。 この微細ないぼに覆われる胞子は他のPuccinia科のさび胞子にも見られる共通の特徴です。 色が若干淡いこと以外はほぼほぼナシ赤星病菌と同じですね。


■ 2020年06月13日 撮影

ですが銹子毛を形成する護膜細胞を観察して、本種は少なくともナシ赤星病菌ではないと確信。 両者の護膜細胞はその形状が全く異なっていました。


■ 2020年06月13日 撮影

銹子毛は筒状で、中にさび胞子が詰まっており、護膜細胞はその「筒」を形作る細胞です。 この細胞は基本的に多角形で表面がトゲに覆われていますが、種のよって微妙な違いがあります。 ナシ赤星病菌は銹子毛が長くなるため護膜細胞が非常に長細くなるのが特徴です。 しかし本種は明らかに護膜細胞がナシ赤星病菌より短いのです。 ここまで形状が違えば別種として良いでしょう。


■ 2020年06月15日 撮影

2日後、仕事から帰って葉の裏を覗いてみると銹子毛が伸びているではないか! ってことで再度マクロ撮影。


■ 2020年06月15日 撮影

あ〜実にギムノスポランギウムっぽい見た目になりましたね。いやぁホクホクです。 しかし病斑のサイズ的にも初期から思っていましたが、全体的に小さいですね。 病斑そのもののサイズも銹子毛の長さも細さも、どれもナシ赤星病菌より一回り小さいです。


■ 2020年06月13日 撮影

2日前に戻って別の病斑です。この病斑はやや大き目。 それでも全体的に黄色いのは変わりませんが。 病斑の中央付近に見えるあんぱんのケシの種みたいなのは精子器の名残です。 ここから蜜液と共に精子滴が分泌され、受精が起こることで銹子毛の形成が始まります。 実は初発見時にヤマナシの木の至る所をアリが走り回っているのを確認しています。 この蜜液は甘さでアリをおびき寄せ、受精を手伝わせているのだそうです。


■ 2020年06月13日 撮影

Puccinia属にはコップ状のさび胞子堆が銹子毛のように長く伸びる種が存在します。 そのような種は一見するとGymnosporangium属っぽく見えますが、実は大きな違いがあります。 それは銹子毛先端が閉じていることです。 Puccinia属のさび胞子堆は先端部が剃るように放射状に開きますが、本属菌は開きません。 その代わりに側部が裂けて隙間ができ、そこから胞子が飛び散ります。


■ 2020年06月15日 撮影

今度は同じさび胞子堆の2日後です。銹子毛がかなり伸びましたね。 一応病徴部が枯死する、あるいはこれ以上変化は無いと判断するまでは追培養を続けます。

食用価値は当然無いでしょうが、それ以前に病害菌なので忌むべき存在です。 プライマリホストがナシ属だけとは限らないのでバラ科植物のある場所には近付けないほうが良いでしょう。 旧ナシ亜科にはカマツカやサンザシ、ナナカマドなど野生にも多い樹種も多く含まれてますので。 本属菌は一度発生すると甚大な被害をもたらすので注意が必要です。

■ 2019年04月27日 撮影

初発見は2018年。この時は冬胞子堆が朽ち果てており採取できる状態ではありませんでした。 それを覚えておいて翌2019年に再訪しましたが、普通にナシ赤星病菌の冬胞子堆だと思って撮影せず採取だけしました。 しかし顕微鏡観察の結果、冬胞子堆と冬胞子の形状に違和感をおぼえました。 また冷静に思い返せば、どう考えても深山で栽培品種のナシがある環境とは思えません。 ここからが長い戦いの始まりでしたね。

■ 2020年04月27日 撮影

打ち捨てられた廃墟前の植え込みに立つイブキの巨木に大発生していました。 最初に発見した場所とは異なりますが、冬胞子堆の形状とフィールド距離的に同種と判断しました。 見上げると木全体にオンレジグミがくっ付いているかのようです。


■ 2020年04月18日 撮影

正直ナシ赤星病菌の冬胞子堆を見た後だと、この感染規模は衝撃です。


■ 2020年04月18日 撮影

ここのイブキはかなりの大木。相当前に植えられたもののようです。 峠道の売店の敷地だったようですが、随分前に廃墟となり、放置されているようです。 手入れされていないので枝が伸び放題で葉の量が多いのもこの症状を生んでいる原因。 これだけ出ていると言うことは相当近くにバラ科のセカンダリホストが居るはずなんですけど・・・。


■ 2020年04月18日 撮影

非常に立派な冬胞子堆があったので観察用に採取しました。 ちょうど雨が降った直後だったので吸水して膨らんでいます。 色はオレンジ色で透明感があり、植物の病気とは思えない美しさです。


■ 2020年04月18日 撮影

※オンマウスで変化します

せっかくなので光源の位置を変えて全く同じ角度から撮影してみました。 背後から光を当てると冬胞子堆が高い透明度を持つことが良く分かります。 まるでアカキクラゲ科菌のようですが、縁遠いも良いトコですよ。

余談ですが、実物を家族に見せたら「あらキレイ!」とのことでした。 更に余談ですが、凍結乾燥したら綺麗に形が残ったのでビンに入れて標本として保存しました。


■ 2020年04月18日 撮影

これだけ立派な冬胞子堆で状態も良ければ冬胞子を観察するのは簡単です。 軽くスライドガラスに擦り付けるだけで大量の胞子が観察できました。 ナシ赤星病菌の冬胞子と同じで2胞子性で色は褐色。 2つの胞子がくっ付いた状態で長楕円形〜紡錘形で、一端から冬胞子堆に繋がる長い組織があります。


■ 2020年04月18日 撮影

発芽孔は胞子同士の境界付近に存在し、そこから発芽管が伸び、やがて担子器に変化します。 何本もニョキニョキ伸びているのは小柄で、この先端に担子胞子が形成されます。 本属はれっきとした担子菌門ですからね。 ちなみに事故で切れてしまった担子器もその状態で担子胞子を形成可能です。強い。


■ 2020年04月18日 撮影

油浸対物レンズで観察した担子胞子と冬胞子です。 冬胞子の状態では感染能力は無く、担子胞子の状態になって初めてナシ亜科植物への感染能力を持ちます。


■ 2020年04月18日 撮影

担子胞子も冬胞子と同様に褐色で、担子器と繋がっていた名残があります。 無数の油球様の内包物を含んでいるのはナシ赤星病菌と同じ。


■ 2020年04月18日 撮影

実はこの場所、走行中の車内からでもハッキリと分かったんですよね。 だって全体的に木がオレンジ色っぽく見えるくらいに冬胞子堆が出来てるんですもん。 しかしビャクシン側はコレ以上のダメージは無いのである意味安泰だったり。

■ 2020年04月18日 撮影

最初に見付けた場所です。山間の駐車スペースなので人目が気になります。 最初に見た2018年は時期遅れで冬胞子堆はドロドロ。それを受けて2019年に少し早く訪れ採取に成功しました。 その後別の場所で大発生を見付け、冬胞子堆の形状から同種と判断しました。 これだけ酷ければもっと早くヤマナシを見付けられようモノなんですけど、未熟でした。


■ 2020年04月18日 撮影

この場所の発生量は一番ですね。相当近い場所に居るハズなのになぜ見付けられん!俺! 少しだけ雨が降ったのですが、吸水は十分ではないですね。


■ 2020年04月18日 撮影

風が強すぎて綺麗に撮影できないので適当に撮影してこの場を去ります。 実は吸水前の冬胞子堆を見たのはこの時は初めてでしたが、この段階で何となく感じました。 「これはナシ赤星病菌じゃないな」と。


■ 2020年04月18日 撮影

帰宅後に黒バック撮影してみました。まず気になったのが冬胞子堆が形成される場所です。 ナシ赤星病菌の場合は冬胞子堆はビャクシン類の細い葉に形成されます。 しかし本種の冬胞子堆は木質化しつつある基部の太い部分にドッと形成されることが多いです。 このパターンはナシのアレを見ていると違和感がありますね。


■ 2020年04月18日 撮影

まだ吸水が不十分ですが、この大型で太く短い吸水後の姿は見覚えアリ。


■ 2020年04月18日 撮影

本種が私の知る種ではないと判断したのはこの冬胞子堆の形状が理由。 ナシ赤星病菌の冬胞子堆は細長い印象ですが。この冬胞子堆は長さは同じでも倍以上の太さがあります。 だから吸水しても太さが残ってゴツい見た目になってたんですね。

■ 2020年05月30日 撮影

そしてついにセカンダリホストのヤマナシの発見に至りました。 今までは歩ける範囲を大まかに散策していましたが、作戦変更です。 ここまで冬胞子堆が多いなら、意識すべきは樹種などではなく距離のはず。 そう考えて周囲を見ると、イブキの背後に入るのも躊躇うような鬱蒼とした低木の茂みが。 ここしか可能性は無いと考えて、抵抗はありますが茂みの中へ。 あらゆる葉の形状をチェックしながら歩いていてこの光景が見えました。


■ 2020年05月30日 撮影

最初は病斑に気付きませんでしたが、葉を見てバラ科植物だと言うのは分かりました。 葉に気付いて樹上を見上げ、黄色い病斑が見えた時はメチャクチャ感動しましたね。


■ 2020年05月30日 撮影

しかしこの段階では本種がまさか原種のナシだなどは思わず、ずっと頭を抱えていました。 帰宅後に樹木図鑑を見るも、該当する形状の葉には辿り着けませんでした。 一通り日本に分布するナシ連樹木を画像検索し、一番可能性を考えていなかったナシ属でヒット!


■ 2020年05月30日 撮影

この段階では葉に黄色い小さな病斑が出来ている程度で、ちょっと自信なかったです。 その翌週、6月6日に訪れた際は病斑は広がるも銹子毛の形成は見られず。 さらにその翌週になってやっと銹子毛が伸びました。



■ 2020年06月13日 撮影

採取した葉の葉柄に感染部位がありました。 基本的に胞子が付着しやすい葉に病斑が多いので、この感染形態はちょっと面白いかも。 透けて見えているつぶつぶはまだ植物の表皮化にある銹子毛の形成初期段階ですね。

■ 2020年06月20日 撮影

葉柄部分に感染したものを追培養していましたが、位置的に吸水が上手く行かず枯れてしまいました。 しかし久し振りのオフにて再度立ち寄り、今度は野外で撮影できました。 ナシ赤星病菌は葉柄部分に感染しているのをあまり見ないので新鮮です。

■ 2020年06月20日 撮影

これにて2020年の定点観察は終了。全過程を観察し切ることができました。 2年を費やしてようやく全貌を解明できました。長い戦いでした。


■ 2020年06月20日 撮影

先週の段階ではまだ銹子毛が伸び始めたばかりでしたが、現在はしっかりと伸びています。 この場所は普段から風が強いので揺さぶられた影響で銹子毛はほとんどが途中で千切れています。 もう少し大きな枝を採取して追培養すれば完全な姿が見れるんでしょうが、それは控えたいと思います。


■ 2020年06月20日 撮影

見上げてみると頭上は病斑だらけで、感染の規模の大きさが伺えます。 正直、病斑が黄色いのは日照不足かなと言う疑いはずっと残ってました。 しかし最上部付近の病斑も黄色いあたり本種の特徴で合ってるようです。 個人的には理詰めで解明に至った事例なので思い出深いですね。

■ 2021年04月18日 撮影

今年も出ました。やっぱりナシ赤星病菌の冬胞子堆よりも大きいので目立ちますね。 ただこの場所公衆トイレの前なんですよね。 当然ながら女子トイレもあるわけで、そこに三脚立てて撮影していると視線の痛いこと痛いこと。

■ 2021年05月22日 撮影

4月に冬胞子堆を見てから1ヶ月、水生キノコ探しの途中で寄ってみました。 すぐ近くでムギ黒さび病菌が猛威を振るう中、本種もバッチリ病斑が出現していました。 以前より病斑が多い気がします。そしてやっぱり黄色いですね。
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