■Thelocarpon sp. (キツブゴケ属 No.001)

■ 2022年07月23日 撮影

初めて本種・・・と言うか本属菌に出会ったのは冬虫夏草捜索オフでのこと。 参加メンバーに地衣類のスペシャリストのSORA氏が参加していたことが最大の要員でした。 石がゴロゴロした場所で氏が匍匐前進を開始。特殊なライトを使って見付け出しました。 その後、探すコツを教わって自力発見!岩石上の藻類と共生関係にある地衣化した子嚢菌類です。 藻類と共生するキノコと言えばシラウオタケのような担子菌より本種の子嚢菌類のほうが多数派。 ですが本種はそんな子嚢菌類の中でも特殊な性質を持ちます。

実は国内では本属菌として「T. epibolum」が発見されており、論文を見るに今回のものと同種に思えます。 ですが海外の情報では「T. epibolum」は腐植上に出るのが一般的であり、形態にも差を感じます。 論文中でも国産種は岩石上に出ること、2009年の海外論文とは子嚢内成分が異なることに触れています。 そのため「T. epibolum」としたいところではありますが、疑問点が多いと言うことで不明種としました。

なお属名の発音は「テロカルポン」です。中毒性あります。


■ 2022年07月23日 撮影

子実体は鮮緑色の小さな粒で、藻類に覆われた岩石上にまばらに発生します。 注目すべきは本種の子実体と言うのは子実層面ではなく子嚢殻であることです。 地衣化した菌類には子嚢菌類が多いと言いましたが、これらはチャワンタケ的に子実層面を形成するものがほとんど。 本種のように藻類から直接子嚢殻を形成すると言う種はそう多くありません。 なお子嚢殻のサイズは極めて小型で、大きいものでも0.2mm行くか行かないか。

ここで地衣類についての補足説明。地衣類の場合、菌類の子実体を「子器」と呼びます。 その中でチャワンタケのようなものを「裸子器」、本種のような子嚢殻状のものを「被子器」と呼びます。 元々この被子器タイプの種が少数派ですが、このキツブゴケ属菌がユニークなのは子嚢殻の形状です。 多くの被子器タイプの種は子嚢殻の殻である被子器壁が分厚く、裸子器の口がすぼまったような状態。 原始的な子嚢殻とでも言う感じでしょうか?しかし本種は明確に冬虫夏草のような裸生子嚢殻を形成します。 このような特徴を持つ種は非常に珍しいと言えるでしょう。


■ 2022年07月23日 撮影

※オンマウスで変化します

SORA氏が本種を探す際に使用していたのは鉱物観察に使用する強力な長波紫外線ライト。 これで石を照らすことで探索が容易になります。 本種は直径が0.1〜0.2mm程度なので、ルーペが無いとその存在に中々気付けません。 ですが紫外線照射で緑色に強く蛍光するため視認しやすくなります。 また周囲の藻類の持つクロロフィルは紫外線で赤く蛍光するため、コントラストでより目に付くのです。

不明種であり食毒は不明ですが、直径0.1mmなんて下手すれば本当に目に入れても痛くないレベル。 どう考えても食用価値無しでしょう。仮に猛毒でも中毒するのにどれだけ食えば良いんだって感じです。 本種の価値は観賞価値と研究価値がほぼ全てでしょう。食用価値を求める対象ではありません。地衣類ですし。

■ 2022年07月23日 撮影

SORA氏が最初に発見したもの。これを見た他の参加者さんの「何じゃコリャ?」なリアクションよ。 これは地衣類に詳しい方が居なければ誰も気付けなかったでしょう。異なる視点の重要さを感じました。


■ 2022年07月23日 撮影

拡大するとこんな感じ。表面の藻類が青っぽいのでシアノバクテリアっぽいですね。 このような藍藻と共生する菌類はかなり多いので、確かに地衣化しているのだなと実感できます。 ただこの時はあまり地衣類と呼ばれる菌類に関心が薄く、撮影だけ済ませて終わりました。 これが後に私を苦しめることになるとも知らずに・・・。

探索を終えて帰宅し、写真整理をする内に採取しなかったことを後悔。 見れば見るほど面白い種・・・でも手元に標本が無いのはなぜだ! なぜあの時俺は採取しなかった?出会いたい!また出会いたい! しかし翌週7月31日のオフにはSORA氏は不参加で、前回同様の手法で探すも見付けられず。 悶々としたままフィールドを後にしました。

■ 2022年08月06日 撮影

でも諦め切れない!と言うことでさらに1週間後に再挑戦。この日はSORA氏も再参加。 リベンジに燃えたこの日の探索で無事再度自力発見することができました! ぶっちゃけ冬虫夏草がターゲットでしたが、一番嬉しかったかも知れません。 この日はSORA氏もお目当ての地衣化した菌類を発見でき、地衣的大成功となりました。


■ 2022年08月06日 撮影

でもちょっと違和感。以前見たものと比べて見た目がボサボサしているのです。 SORA氏も疑問を感じていましたが、手持ちのルーペでは拡大限界でした。


■ 2022年08月06日 撮影

その謎は帰宅後にCanon製の「MP-E65mm F2.8 1-5×マクロフォト」が解いてくれました。 何と子嚢殻の内容物が噴出していたのです。子嚢殻そのものは褐色にくすんでいます。


■ 2022年08月06日 撮影

さらに高倍率で撮影してみました。内容物が子嚢殻の頂孔から噴出した様子が良く分かります。 と言うか子嚢や側糸がレモン色なんですね。内容物がこんなに鮮やかだとは思いませんでした。 石を持ち帰って全面くまなく探したのですが、新鮮な子嚢殻は1個も見付かりませんでした。 また心残りが・・・。


■ 2022年07月23日 撮影

※オンマウスで変化します

ちなみに現地で前回同様に長波紫外線を照射しましたが、やっぱり蛍光していました。 しかし蛍光しているのは内容物のみで、古くなった子嚢殻そのものは蛍光していないようです。 やはり少し古かったか・・・新鮮な子嚢殻が見たかったんですがその夢は来年までお預けかな?


■ 2022年08月06日 撮影

しかし転んでもただでは起きないのがosoです。顕微鏡観察はバッチリ済ませておこう! と言うことで噴出した内容物をスライドガラスに移して顕微鏡で覗いてみました。 すると見たことも無い先細りの子嚢が見えてビックリ!


■ 2022年08月06日 撮影

子嚢先端を拡大してみました。子嚢菌類の子嚢って基本的に上から下まで同じ太さ、 そして先端だけ丸くなるって印象なので、このような先細りと言うのは凄い新鮮! しかも何だこのゴチャゴチャした内容物は・・・?


■ 2022年08月06日 撮影

あ、これ子嚢胞子だ。しかも凄い数入ってる!


■ 2022年08月06日 撮影

子嚢胞子を油浸対物レンズで観察してみました。この形状、どう表現すれば良いんでしょう? 楕円形でも紡錘形でもない、両端が丸い円筒形と表現したほうが良いでしょうか。 胞子両端に内包された1対の油球がジャストフィットしてるからこの形状なのかな? 色んな子嚢菌類の胞子を見て来ましたが、この胞子の形状はワリと珍しいですね。

■ 2022年09月09日 撮影

しかしまたしても転んでもただでは起きないのがosoです。 やっぱり新鮮な子嚢殻が見たい!と言うことで無謀にも追培養に挑戦したのです。 冬虫夏草などは室内で追培養できますが、本種の共生藻は適度な自然光が必要。 そうなると屋外ですが、屋外では本種が好むであろう高湿度が維持できません。 高湿度を維持しようとすると気密性を高める必要がありますが、そうなると高温でアウトです。

ところが実は我が家には偶然にも湿度70%以上、気温30℃以下、定期噴霧を維持する屋外温室があるのです。 ここなら本種も追培養できるのではないかと考え、8月の観察終了後に温室内に設置。 定期的にミストがかかる位置に置き、1ヶ月間放置しました。 すると久し振りに見てみると心なしか緑色のつぶつぶが増えているような・・・?


■ 2022年09月09日 撮影

するとひと月前には1個も無かったハズの新鮮な子嚢殻が!追培養成功だー!


■ 2022年09月09日 撮影

やっと本種の子嚢殻を観察することができました。再びマクロレンズの出番です。 子嚢殻本隊は透明感のある淡黄色で表面に鮮黄色の粉状物質が付着しています。 頂孔のある先端部にはこの粉状物質が無いので、子嚢殻なんだな〜と実感できます。 野外で見た時は全体がもっと色付いていたので、栽培下では粉状物質があまり作られないのかも?


■ 2022年09月09日 撮影

子嚢殻1個を低倍率撮影してみました。丸く見えましたが実際には子嚢殻らしい水滴型です。 この撮影で非常に大きな情報が得られました。それは藻類との共生関係です。 まず目に入るのが子嚢殻表面を血管のように這い回るシアノバクテリア。 この青緑色の藍藻は他の地衣化した菌類でも共生関係を持っていることがあります。 加えて子嚢殻の基部には別の緑藻も確認できます。 これだけではどのような共生関係を結んでいるかは分かりません。 ですが共生関係を感じる光景を目にすることはできました。追培養して良かった!


■ 2022年09月09日 撮影

新鮮な子嚢殻を潰して子嚢を観察したのですが、あれ?前回とちょっと違う? こんなに側糸ありましたっけ?いや無かったですよね? どうも成熟して内容物が子嚢殻から吹き出す頃には側糸は消失してしまうみたいですね。


■ 2022年09月09日 撮影

そう言えば前回メルツァー試薬での呈色反応を見ていなかったなと思い出して実行。 すると子嚢全体にアミロイド反応が見られました。 このテの小型の子嚢菌類って子嚢全体が青く染まる種が多い気がしますね。 ちなみに側糸は分岐無し、細すぎて隔壁の有無は光学顕微鏡では確認限界ですが、無いっぽい?


■ 2022年09月09日 撮影

ちなみに子嚢先端を良く見ると、頂孔アミロイドっぽく先端が特に濃く染まっています。 子嚢そのものがアミロイドではありますが、頂孔アミロイド的な性質もあるようです。


■ 2022年09月09日 撮影

※オンマウスで変化します

新鮮な子嚢殻が手に入ったので室内でしっかり蛍光を撮影できました。 長波紫外線で周囲の藻類が赤く蛍光する中で、本種は緑色に強く蛍光します。 良く見ると子嚢殻自体は青白く蛍光し、先端付近の粉状物質が緑色に蛍光しているようです。 確かにここまで強く蛍光するなら屋外でUVライトを使用するのは効果的ですね。

■ 2022年11月03日 撮影

日付にご注目。この石を採取したのは8月6日。現在は11月3日。 何と約3ヶ月も子実体発生が続いているのです。 これは追培養と言うより栽培成功ですよ。 正直ここまで藻類と共に維持できるとは追培養開始当時思っていなかったのでビックリです。


■ 2022年11月03日 撮影

古い子実体が残っているのではないと言う証拠にハイ、前回は無かった新鮮な子嚢殻です。 本種は温度湿度を維持して共生藻が維持できれば普通に栽培できる可能性がありますね。 これはひょっとするとテロカルポン栽培キットとか作れてしまうのでは? 環境整えるのがキツいのと、観賞価値があるかって点は無視しますけど。
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