■specimen_No.001_M Thetford Mines, Quebec, Canada

Chrysotile / クリソタイル・温石綿・白石綿
□ Mg3Si2O5(OH)4

危険なものと言うのはヒトの好奇心を掻き立てるもの。鉱物名としては珪酸塩鉱物の蛇紋石です。 Serpentine(サーペンティン)の呼び名も有名ですね、蛇ですし。 そんな蛇紋石の中で、繊維状の結晶を作るものが本鉱物です。 この名前に聞き覚えが無くても「アスベストの1種である」と聞くと漠然と危険性は感じるのではないでしょうか。

そもそも蛇紋石はアンチゴライト、クリソタイル、リザルダイトの3種類が多形の関係にあります。 多形とは化学成分は同じでも生成条件により結晶構造が異なるもののこと。 クリソタイルも結晶構造の異なるクリノクリソタイル(単斜晶系)、オルソクリソタイル(斜方晶系)、 パラクリソタイル(斜方晶系)の3種類の総称であり、厳密には鉱物名ではありません。 ただしクリソタイルのほとんどはクリノクリソタイルであり、このページではこれを本鉱物として扱います。


■specimen_No.001_M Thetford Mines, Quebec, Canada

本鉱物の産地としてはカナダのケベック州が非常に良質な繊維状結晶が産出することで有名です。 暗緑色の結晶は驚異の太さ約0.02~0.03µmで、これが並行してびっしり並んでいます。 これらの結晶はほぐすことができ、数百本が束になった白い繊維状になります。 この状態のものは「綿」と呼ばれるだけあって柔軟性に富みます。

かつてクリソタイルは「奇跡の鉱物」とまで呼ばれ、産業的に非常に高い価値があったのです。 と言うのも安価で加工がしやすい上に、耐久性、耐熱性、耐薬品性、絶縁性とどれを取っても文句無し。 そのため日常の様々な場所で使用され、職業柄大量に吸引することも少なくありませんでした。 しかし1970年代に入り、この繊維状結晶の毒性が明らかになったことで世界中で廃止へ向かい、 日本でも2004年に使用が禁止されましたが、発展途上国では未だに利用が続いています。


■specimen_No.001_M Thetford Mines, Quebec, Canada

少し長くなりますが、アスベストの毒性についてご説明します。 そもそも「アスベスト」は蛇紋石系のクリソタイルと角閃石系のクロシドライトやアモサイト等の総称です。 これらの繊維状結晶は肺に長期的な炎症を起こすことで線維化が進むアスベスト肺を引き起こします。 そして最も恐ろしいのが悪性中皮腫などの肺がんを引き起こすことであり、 そこに至る過程に数十年かかることから「静かな時限爆弾」とも呼ばれます。 しかしこれらアスベストは一般的に知られる発がん性物質とは異なり成分的にはDNAを損傷する力は無く、 そのメカニズムは長らく謎とされて来ました。近年では結晶がその安定性により肺から排出されず、 同じ場所に留まり物理的刺激を与え続けることが原因であると考えられています。 ただ発がん性の直接原因については、活性酸素によるDNA損傷、 免疫の均衡が崩れることによる排除されるはずのがん細胞の減少、 免疫細胞の細胞死による特定成分過剰環境でのがん抑制遺伝子欠損率増加、など諸説あるようです。 クリソタイルは角閃石系のアスベストと比べて柔軟性があるため微細な結晶片になりづらく、 アスベストの中では比較的毒性は低いですが、安全性を考慮してケースの蓋を完全に固定して密閉、 ケース自体も二重にして管理しています。

結晶は一定報告に伸びているので、結晶の側面が見えない上面はやや透明感がある普通の石にしか見えません。 もう少し良い角度で撮りたかったのですが、ケースから出すわけにはいかないので、この角度でご容赦下さい。 危険な鉱物ではありますが、繊維が見えないほど細かい絹のような光沢は見る者を虜にします。





■specimen_No.002_M Philipps Mine, Gila Co., Arizona, U.S.A.

とある鉱物店の通常販売コーナーにて紙箱に入って普通に売られていて衝撃を受けました。 この陳列方法で良いのか?と思いつつ購入した標本です。 この標本の面白いところは、繊維状結晶の脈が透明度の高い蛇紋石を横切っていること。 同じ鉱物なのに結晶構造が異なる様子が観察しやすい素晴らしい標本だと思います。

帰りの車内では購入時のビニール袋の口を縛って慎重に運転しましたっけ。


■specimen_No.002_M Philipps Mine, Gila Co., Arizona, U.S.A.

投げ売りにも等しいようなお値段でしたが、今思うと非常に掘り出し物だったと思います。 母岩の蛇紋石も極めて透明度が高く、これだけでも観賞価値が高いです。 加えて繊維状結晶部との境界も観察しやすく、本鉱物の特徴が良く現れた優秀な標本です。


■specimen_No.002_M Philipps Mine, Gila Co., Arizona, U.S.A.

母岩の透明度が高ければ、当然石綿部分の透明度も高くなります。 そのため光を当てると繊維状光沢が現れると同時に光が透過し、光り輝いて実に美しいです。 標本の上下で成分的には全く同じなのですが、ここまで結晶構造が異なるのは興味深いですね。 もっと近距離でマクロ撮影したいのですが、この標本も当然ながら密閉容器に保存しているので、 ケース越しに眺めなくてはならないのは勿体無いことです。




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